「新横綱になった瞬間から引退を考えていた」 貴乃花が語る横綱のプレッシャーと「土俵脇で雑魚寝」の入門時代(小林信也)

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大地の力を得る四股

「優勝を重ねると本人は、息絶えるくらいの気持ち。毎回引退に近づいている感じで土俵に上がっていました。勝てば勝つほどプレッシャーできつくなる。それを撥ね退けるために反復的な学習を繰り返していく。

 少しでも腰が浮いたらやられるのがプロの世界。横綱になれば相手が全員『横綱だけは倒す』意気込みで向かってくる。相手には15分の1でも、横綱はそれが毎日です。毎場所17~18勝を目指してやっと12勝できる感じ。10日目を過ぎると身体も意識も朦朧としてくる。そんな中でどこか覚醒されて残った者が優勝する。本当に寿命が縮まります。私は新横綱になった瞬間から、引退を考えていました」

 反復的な学習とは、四股、鉄砲、摺り足といった相撲伝統の稽古だ。

「双葉山関も若乃花関も、白黒の映像で見ると凄い四股を踏んでいる。派手じゃないけど、きつーい四股を踏んでいらっしゃる。あの時代の力士はどの方もレベルが高かったと思います。丁稚奉公同然、苦しんで苦しんで生き延びた人しか残れない、親方にはなれなかったのでしょう。

 四股は膝を曲げて立つ姿勢が基本です。腰を割って、土踏まずからグーッと練り込ませていく。足の裏からふくらはぎを通して大地のパワーを取り込むような感じです。内臓を沈め、背筋を伸ばして踏み込む。師匠によく言われました、『10回踏んだら足が震えて踏めなくなるのが本当の四股だ』と」

 久々に話を聞き、相撲道に邁進した大横綱にしか表現しえない相撲の奥義と哲学に触れ、貴乃花が角界を追われた理不尽と空虚を改めて感じた。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。「ナンバー」編集部等を経て独立。『長島茂雄 夢をかなえたホームラン』『高校野球が危ない!』など著書多数。

週刊新潮 2021年4月29日号掲載

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