【未解決殺人事件も】日本中が戦慄した「猟奇的な春」、犯罪史に刻印された2カ月間

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そこに左腕が

 27年前、1994年の春は、「猟奇的な事件」が立て続けに発生している。遺体をいくつかの部位に損壊して遺棄する、いわゆる「バラバラ殺人事件」が、この時期だけで3件、続くのだ。幕開けとなったのは、3月3日、熊本県玉名郡、九州自動車道のパーキングエリアだった。

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 パーキングエリア内のゴミ集積場で、清掃作業員が発見したのは黒いビニール袋に包まれた左腕だった。1時間後には、ひとつ隣の福岡県山門(やまと)郡のパーキングエリアで、やはりゴミ集積所から右腕が。さらに翌日、熊本駅のコインロッカーで胸部と腰部と、立て続けに損壊された遺体が見つかったのである。

 遺体は同一人物のものと見られ、まもなく福岡市の女性美容師(当時30歳)が浮上。前月末から行方がわからなくなっていた。そしてわずか2週間足らずで逮捕されたのは、勤務先の美容室の経理担当の女(当時38歳)だった。不倫関係にあった経営者の男性との仲を疑って殺害した、とされている。

 遺体を損壊する行為には、犯人にとって2つの理由がある。

(1)被害者の身元を分からなくするため

 犯人と被害者との間に「繋がり」がある場合、被害者の交友関係から自らの存在が浮かび上がってしまう。それを防ぐために、被害者の身元を隠す必要がある。特に指紋は消しておくことだ。その意味では、こうした事件では遺体を数カ所に分散して、見つからないように遺棄しなければならない。

 この事件では、遺棄現場は都合5カ所に上っている。ただし、その場所がマズかった。通常、こうした事件の場合、ひと気のない山中や、河川、海などを選択するものだが、犯人が遺体を遺棄したのは、人が集まる場所ばかり、発見されるのは時間の問題だった。当初、犯人の女が想定していたのは阿蘇山の雑木林。ところが知らぬ間に開発が進んでいて、適当な場所が見つからなかったという。

(2)運搬しやすくするため

 こちらは説明の必要はないだろう。実際、この事件でも、犯人の女は「自分ひとりの力では運べなかった」旨、供述している。

 殺人、死体損壊、死体遺棄の罪で裁かれた女には、1999年9月、最高裁で懲役16年が下されている。

事件は続いた

 二つ目の事件の舞台は、大阪・箕面の山中だった。

 75歳の農業の男性が山仕事の途次、夕暮の林で発見したのは、成人女性の胴体、頭部、左足。翌日の朝刊は、事件を次のように報じている。

〈遺体は20-40代で、府道茨木-能勢線から西へ約20メートルの(ヒノキ林の)斜面に2、3メートル間隔で放置されていた。全裸で周辺に靴などもなく、死後10日ほどとみられる。頭髪は肩付近まである〉(「朝日新聞」1994年4月4日)

 そしてその翌日、現場付近を捜索中だった捜査本部の面々は、北約150メートルの山中で、もうひとつ、切断された遺体を発見するのである。ただしそちらの遺体はすでに白骨化。状況から、全裸で遺棄されたものと見られた。二人とも大阪市内の飲食店で働く中年女性だった。二人に接点はなかった。

 そしてそのちょうど1年後、倉庫から紳士用スラックスを大量に盗んだカドで足が付いたのが、無職K(当時54歳)だった。そこから芋ヅル式に自供が始まると、海千山千の捜査員たちもさすがに息を飲んだ。10年間にわたり都合5件、9歳から46歳までの女性ばかりを殺害していたというのである。うち4件は遺体を損壊。この事件は警察庁の「広域重要指定122号」となっている。

 前記「遺体を損壊する理由」の(1)で述べたように、被害者の身元を隠すためには、「遺体を数カ所に分散して遺棄」しなければならない。が、Kはそれをしていなかった。

 なぜならKと5人の被害者には、それほど深い関係はなかったのである。行きずりだったり、飲み屋の店員と客という関係だったりと、第三者にもほとんど知られていない程度の関係でしかなかった。最初の犯行から10年間、それぞれの捜査が難航していたのはそのためだった。

 被害者5人のうち、一人は小学生の女児だった。その身体は小さく、軽々と運べるものだった。7年前の一件では、犯人は女児の遺体を損壊することなく、大阪近郊の山中に遺棄している。

 2005年7月、最高裁は上告棄却。Kには死刑が確定している。

施された「身元隠蔽工作」

 さて三つ目の事件だが、これは東京・井の頭公園で起きている。1994年4月23日、こちらは全部で27の部位。ビニール袋に入れられ、池の周囲にあるゴミ箱に点々と捨てられていた。『殺人者はそこにいる』は13の殺人事件のレポートだが、解剖にあたった法医学者のコメントが紹介されている。

〈(遺体損壊は)切断しやすい関節の部分で切るのがふつうなんですが、これは関節に関係なく、機械的に二十数センチで切断されていました。奇妙だったのは、長さだけではなく、太さも揃えられていたことです〉

 まるで定規で測ったかのような形状。井の頭公園のゴミ箱は、前面に縦20センチ×横30センチのフタがついた「ポスト型」。犯人はその規格に合わせるかのように、切り揃えていたのである。ちなみにゴミ箱は、この事件の後にすべて撤去された。

 発見された遺体には、徹底して「身元隠蔽(いんぺい)工作」が施されていた。〈手の指紋が削られ、掌紋(しょうもん)には傷がつけられていた〉のである。掌紋とは手のひらにある紋様のことで、指紋と同様、個人識別の決め手となる。

 しかしそこまでの作業をしていても、被害者の身元は3日後には判明している。公園の近所に住む35歳の建築士で、残されていた掌紋の一部が本人のものと一致した。建築士は妻により、捜索願が出されていた。

 この事件では死因も死亡時刻も、ついに判らないままだった。そして2009年4月、一人の容疑者も浮かばずに、公訴時効が成立している。

デイリー新潮編集部

2021年4月21日掲載

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