プロ野球“天国と地獄”…開幕「11連勝」「12連敗」のチームに何が起きたのか

スポーツ 野球 2021年4月1日掲載

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実力もパ・リーグ随一

 コロナ禍ではあるが、今年もプロ野球公式戦が開幕した。“開幕ロケットスタート”と言われるように、開幕直後にどれだけ多く貯金できるかも、優勝の条件のひとつとされる。それでは、過去に開幕から連勝記録をつくったチームは、最終的に何位だったのか、逆に開幕から連敗記録をつくったチームはどうなったか。

 開幕からの最多連勝記録は、1954年の西鉄と99年の中日の「11」だ。知将・三原脩監督率いる西鉄は、河村久文、西村貞朗、大津守の投手陣が充実し、打線も豊田泰光、中西太、大下弘ら強打者が並んでいた。

 3月27日の開幕戦で東映に6対5と打ち勝つと、翌日も7対2で連勝。さらに高橋にも連勝したあと、阪急と大映を3タテ。4月10日の近鉄戦にも7対0と完勝し、11連勝を達成した。翌日、近鉄に1対6で敗れて連勝ストップ。6月には南海、毎日に抜かれて3位に転落したが、9月27日から10月13日まで10連勝して、2位の南海に0.5ゲーム差で球団創設5年目の初Vを実現した。

 敗れた南海・山本一人監督(のちに鶴岡と改姓)も「投打に非常に良くバランスが取れており、実力もパ・リーグの各チーム中随一だった」と評した若さ溢れるチームは、稲尾和久が加入した56年から3年連続日本一と黄金時代を迎える。

11年ぶりのV

「投打バランス型」の西鉄とは対照的に、99年の中日は「投高打低型」だった。投手力は、野口茂樹、川上憲伸、山本昌ら先発の駒が揃い、リリーフも落合英二、岩瀬仁紀、サムソン、宣銅烈と強力だった。

 だが、打線はゴメスと山崎武司以外は大砲が不在で、チーム打率もリーグ4位と爆発力を欠いた。その背景には、97年のナゴヤドームへの本拠地移転があった。自慢の“強竜打線”は、以前のナゴヤ球場より両翼が8.5メートル広くなった新本拠地で威力が半減し、初年度は最下位に沈んでしまう。

 この反省から、星野仙一監督はドームに対応すべく、94年の本塁打王に輝いた大豊泰昭を放出して、久慈照嘉、関川浩一を獲得するなど、機動力、守備力重視の方針を打ち出した。その構想はドーム3年目の99年に実を結ぶ。

 4月2日の開幕戦(広島戦)で、川上が粘りの投球で4対3の勝利。第2戦も、野口がエースの意地を見せ、2対1で連勝するなど、39年ぶりの開幕3タテで波に乗った。

 横浜を3タテしたあと、阪神戦の1勝を挟み、ヤクルトも3タテして、リーグ新記録を「10」まで更新。そして、同16日の巨人戦も、ドラ1ルーキー・福留孝介のプロ初本塁打などで6対1と快勝。45年ぶりに西鉄の日本記録「11」に並んだ。新記録がかかった翌17日の巨人戦は3対7で敗れ、5月以降の失速で6月10日には2位転落も1日で首位に返り咲く。その後、9月後半に8連勝で独走態勢に入り、11年ぶりのVを決めた。

 投手陣が安定し、リードしてリリーフにつなぐ必勝パターンを確立できたことに加え、打線も「1、2点差なら逆転できる」と最後まであきらめない姿勢でシーズンを通して戦えた。本拠地の特性に合ったチームへの一大転換が、開幕直後の連勝記録をもたらし、優勝にもつながったのである。

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