ミャンマー政変、にわかに現実味を帯びてきた国軍が恐れる“最悪シナリオ”

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 2月1日にクーデターが起きたミャンマー情勢はますます混迷の度を深めている。

 クーデターを起こした国軍が、デモ制圧を続ける姿勢を示し、全権掌握の既成事実づくりを頑なに進める一方、民主化勢力は「臨時政府」を立ち上げ、統治の正統性を主張する。

 混乱状態が長期化しつつある中で、ミャンマーではこのところ「国軍を支援している」として中国に対する批判の声が高まりつつある。

 中国側は否定しているが、3月11日、ヤンゴンで国軍のクーデターに抗議する数百人のデモ隊が中国大使館に対する抗議活動を行った。中国製品の不買運動を呼びかける声も上がっていたが、その矢先の14日、ヤンゴンにある複数の中国系の工場が何者かの襲撃を受け、多くの中国人従業員が怪我をするという事案も発生した。

 ミャンマーにおける中国のプレゼンスは大きい。中国にとってミャンマーは手放すことが出来ない要衝の地である。中国はミャンマーが民主化プロセスを進める中、同国のインフラ整備などに巨額の資金を投じてきた(総額1000億ドル)。「一帯一路」の旗頭の下でミャンマーとの物流ルート「中国・ミャンマー経済回廊」の建設を進めており、完成すれば中国は内陸部からインド洋に抜ける大動脈と海洋進出の足がかりを得ることになる。原油・天然ガス輸送におけるマラッカ海峡の依存度を低下させるため、ミャンマーのチャウピュー港から中国雲南省につながる原油・天然ガスパイプラインも整備してきたが、クーデターによる政情不安が、中国の「虎の子」である資産にとって脅威になるとの懸念を強めている(3月10日付日本経済新聞)。

 中国はアウンサンスーチー国家顧問率いる国民民主連盟(NLD)政権との関係は良好だったが、国軍は「NLDが中国と近すぎる」として警戒感を強めた。このことが今回のクーデターの一因であるとされている。

 中国は国軍に対しても軍事協力を提案してきたが、国軍は中国と協力しながらもその影響力拡大に対する警戒を怠ることはなかった。中国は海洋輸送路確保に向けた「真珠の首飾り戦略」の一環として、ミャンマーの主要な港湾に海軍の駐留を望んできたが、ミャンマー軍は外国軍の駐留を禁止した憲法を盾にこれを拒否してきた経緯がある。

インド・中国両国間の代理戦争の場に

 その背景には根深い反中感情がある。1990年代の軍事独裁時代に中国資本がミャンマーに流入、これにより凶悪犯罪が多発したという苦い思いがある。「中国系少数民族の武装解除がうまくいっていないのは中国の支援があるからだ」との苛立ちもある。

「中国との関係を取り仕切るのが自分たちの役割だ」と考える国軍だが、2月下旬に中国との間で非公開で行った会議内容が外部に流出した(3月13日付産経新聞)。地元メデイアによれば、国軍との会議で中国側は、雲南省とミャンマー西部のチャウピューを結ぶ内陸部の天然ガス・原油パイプラインの戦略的重要性を強調し、警備の強化を求めてきた。デモ隊が中国に資源を送るパイプラインへの攻撃を主張していたからである。中国側はさらにミャンマーでの反中感情を抑えるため、国内メデイアに圧力をかけることも要求したという。中国側の要求に対する国軍の回答は明らかになっていないが、国軍の後ろ盾は中国だけではない。近年インドとの関係を強化している。2019年のミャンマーのインドからの武器購入額は1億ドルとなり、中国からの武器購入額(4700万ドル)を凌駕している。インドは昨年ミャンマー軍に潜水艦を贈与した。

 インドにとってもミャンマー軍は欠かせない存在になりつつある。インドの北東部の国境地帯では中国の支援を受けているとされる少数民族武装勢力が活動しており、インドの要請でミャンマー軍は過去2年間、武装勢力を排除する作戦を行ってきた。

「中国問題」のウエイトが高まるミャンマーでは、「少数民族の取り込み」も大きな争点になりつつある。135の少数民族が住んでいるとされるミャンマーでは1948年の独立以来、人口の約7割を占めるビルマ族による支配に不満を抱く少数民族が活動を続けてきた。国軍は少数民族の平定を担う役割を有していることを根拠に連邦議会の議席の4分の1を無条件で割り振られる特権を正当化してきた。

 クーデターで実権を握った国軍は少数民族の取り込みを進めている(2月8日付産経新聞)。新設された最高意志決定機関「行政評議会」メンバーの一人に西部ラカイン州の少数民族「アラカン族」出身者を起用した。背景にはNLDが実現できなかった和平を推進したい思惑があるが、NLDも3月に入り、南東部のカイン州で自治拡大を求めて国軍と衝突してきたカレン族の武装組織などに接近し始めた(3月12日付日本経済新聞)。

 そのせいだろうか、南部のタニンダーリ地域の町ミッタでは8日、この地域に影響力がある少数民族武装勢力が銃を携え、約2000人のデモ隊の警護に当たった(3月9日付NHK)。当該地域の少数民族はカレン族と中国南部の貴州省や雲南省などの山岳地帯に住むミャオ族の支系とされるモン族である。

 これを契機に中国系武装勢力と国軍が衝突する事態になれば、ミャンマー情勢を憂慮してきた中国が「自国民保護」を名目に実力行使に出る可能性が出てくるだろう。そうなれば中国と同様、ミャンマー情勢を静観していたインドも黙っていない。北東部のアルナチャルプラデシュ州を巡り中国との領土問題を抱えるインドにとって、北東部と国境を接するミャンマーが中国の勢力下に入ることはなんとしてでも阻止しなければならない。

 国軍はこれまで「対応を誤れば、同国がインド・中国両国間の代理戦争の場になる」ことを恐れてきたが、自らが起こしたクーデターによりその懸念がにわかに現実味を帯びてきた。なんとも皮肉な話である。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮取材班編集

2021年3月23日掲載

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