時代劇はもうあかん……“5万回斬られた男”福本清三が一度だけ語った理由

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 ペリー荻野が出会った時代劇の100人。第9回は、福本清三(1943~2021年)だ。

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「このたび、福本清三さんを斬らせていただきました!」

 数年前、ある若手俳優が初めて大型時代劇の主役を演じた際の発言である。こどものころから時代劇が大好きで、いつか福本と共演することが目標のひとつだったという。

 この話をご本人にすると、「わしが目標って」といつもの照れ笑いをされた。「5万回斬られた男」と呼ばれた福本清三は、チャンバラや時代劇を語る上で欠かせない存在であった。

 1943年、兵庫県に生まれた福本は、一度は米屋に就職したが、客商売になじめなかった。親類の紹介で15歳の時に東映京都撮影所の「専属演技者」、いわゆる大部屋の俳優となる。映画全盛期の当時は、片岡千恵蔵、市川右太衛門、両御大はじめ、中村錦之助、大川橋蔵、里見浩太朗、美空ひばりなど、人気スターの主演作が毎週封切りされていた。ラス立ち(ラストの大立ち回り)でスターに斬られる大部屋のベテランには、「アップ手当」が出たという。撮影所は目が回るような忙しさ。福本は入ったその日に「お前、死体役や。死んどけ」と言われ、現場に出た。

「俳優になろうなんて気持ちはまったくなかったし、こどもでしたからねえ。メイクしてカツラ被ってそこで死んでろ言われても、化粧なんてしたことなくて、見よう見まねですよ。当時は大部屋だけで何百人もいましたから、画面に映るだけでも大変です。それでも作品本数が多くて、朝、スケジュール確認に黒板を見に行くと、色違いのチョークでびっしり書いてある。あんまり徹夜が続くから、先輩が『わしは逃げるで』と撮影所の壁を乗り越えて脱走したほどです。それでも辛いと思わなかったのは、友人もできて、演技に夢中になれたからでしょうね」

 しかし、娯楽の中心はテレビへと移り、時代劇映画は激減。大部屋の先輩の多くが会社を去った。福本の仕事も「俺は用心棒」(1967年・NET・主演:栗塚旭)、「水戸黄門」(1969年・TBS・主演:東野英治郎)、「素浪人 月影兵庫」(1965~1968年・NET・主演:近衛十四郎)、「銭形平次」(1966~1984年・フジテレビ・主演:大川橋蔵)など、テレビへとシフトしていく。

 次第に斬られ役として頼りにされる存在となった福本は、スタントも積極的に引き受けた。通常、殺陣やアクションの細かい動きは台本にはなく、現場で監督と相談しながら殺陣師やアクション監督が俳優に指示を出す。主役の代役であるスタントは、監督と直接話ができる貴重な機会なのだ。

「スタントは落ちる倒れるの連続で痛いけど、『痛い、ダメだ』と口にしたら、もう使ってもらえん。監督に『フク(福本の愛称)になら任せられる』という信頼を持ってもらわんと。幸い、大きなケガをしたことがないんです。だから続けてこられたんですね」

 もうひとつ福本の個性となったのがメイクだ。「影の軍団」(1980~1985年・関西テレビ・主演:千葉真一)シリーズでも、吊り上げたようにきつく描いた目、ダークなラインが入った鼻筋が、忍者の覆面からチラリとも見える。自ら考えたもので、浪人、刺客役などでも応用された。

「覆面忍者は、顔が目の部分くらい、ほんの少ししか映りません。そこで、いかに強さを見せるか。やっぱり敵方に強さが出ないと、面白くなりませんから。メイクに時間なんてかけませんよ(笑)。それは死体役の時と同じですわ」

 1本の作品で衣装を替えて3回斬られたこともあったという福本は、大きくのけぞって迫力のある死に様を見せる得意技“エビぞり”など、その存在が注目され、ファンクラブもできた。1992年、関西の人気番組「探偵!ナイトスクープ」(朝日放送)で視聴者の投書が取り上げられたことがきっかけとなって「徹子の部屋」(テレビ朝日)にも出演。黒柳徹子の前で緊張する福本の横に飾られたのは、渡瀬恒彦から贈られた花だった。

 2001年には初の回顧録「どこかで誰かが見ていてくれる――日本一の斬られ役・福本清三」(小田豊二:共著・集英社文庫)を出版。03年、映画「ラスト サムライ」(ワーナー・ブラザース映画)では、主役のトム・クルーズを守る寡黙な侍に抜擢され、海外でのロケに参加。注目を集める。まさに快進撃という感じだが、ご本人は「スターさんを引き立てるのが、わしらの仕事です」と、とても謙虚だった。

 面白かったのは、サントリーBOSSコーヒーのCM「宇宙人ジョーンズの地球調査シリーズ」の時代劇篇(08年)。斬られ役のジョーンズ(トミー・リー・ジョーンズ)が狂暴な宇宙人に変化してカメラ正面に映り込み、監督に「やり過ぎ」と叱られる。この星では空気を読まないといけないと隅っこに引っ込んだジョーンズに、「ガッツあるなあ、お前」と缶コーヒーを差し出すのが福本だった。締めくくりはジョーンズとコーヒーを飲むツーショット。このCMについては「人生、何が起きるかわかりまへん」と笑顔だった。
 
 10年の映画「最後の忠臣蔵」(ワーナー・ブラザース映画)では吉良上野介役で出演。14年に長年斬られ役を演じてきた老優と新進女優の心の交流を描いた映画「太秦ライムライト」(リバー)に主演。この作品は第18回ファンタジア国際映画祭(カナダ・モントリオール)で、最優秀作品賞と最優秀主演男優賞を受賞した。多彩な活躍が続き、取材の中ではいつもにこやかだったが、私は一度だけ、辛そうな本音を聞いたことがあった。

「映画が減った時も大変でしたけど、『暴れん坊将軍』(1978~2002年・テレビ朝日・主演:松平健)が終わった時は、時代劇はもうあかん。正直、そんな気持ちになりました。この先、どうなるんやと。若い監督は時代劇やりたいと言う人が多い。撮れないのはもったいない。どんな形でもいいから、時代劇がもっと増えたらと思いますよ」

 太秦の映画村の殺陣ショーに立ち続けたのは、「時代劇の楽しさをお客さんに知ってもらいたい」という強い気持ちがあったからだ。

「わしらは映画全盛期に、内田吐夢、松田定次、沢島忠といった超一流の監督と、中村錦之助、大川橋蔵などすばらしいスターの仕事をナマで見てきた。教材がすべて目の前にあったんです。死体役で薄目あけながら、必死に見つめ続けた、そのすごい教えを少しでも伝えたい。それが、自分がここにいる意味だと思うんですよ」

 この心は、5万回積み上げられ、出演作の中に生き続けている。時代劇の大切な宝だ。

ペリー荻野(ぺりー・おぎの)
1962年生まれ。コラムニスト。時代劇研究家として知られ、時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」をプロデュースし、「チョンマゲ愛好女子部」部長を務める。著書に「ちょんまげだけが人生さ」(NHK出版)、共著に「このマゲがスゴい!! マゲ女的時代劇ベスト100」(講談社)、「テレビの荒野を歩いた人たち」(新潮社)など多数。

デイリー新潮取材班編集

2021年3月18日掲載