V字回復の鍵は社員の「意識改革」――宮原博昭(学研ホールディングス代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

ビジネス 週刊新潮 2021年3月4日号掲載

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 かつて毎月計670万部も売れていた雑誌「学習」と「科学」は2010年に休刊となり、当時の学研は19年連続減収、売り上げはピークの半分になった。その苦境の中、経営を託された新社長は、いかに社員をまとめ、会社を立て直したのか。増収増益を続ける経営と事業展開の秘訣。

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佐藤 私は1960年の早生まれですので、1959年生まれの宮原さんとは同じ学年になります。小学生の頃は、学研の「学習」と「科学」が届くのが楽しみでした。

宮原 私もそうでした。当時は、学校で販売していましたね。

佐藤 小学1年生に上がった時、私の周りでは、なぜか「学習」のみの子供ばかりでした。でも2人ほど「科学」も取っている同級生がいて、見せてもらうと、「科学」の方が圧倒的に面白い。それで小学2年生からは両方取るようにしたんです。

宮原 弊社では「教材」と呼んでいましたが、「科学」はふろくが充実していましたからね。

佐藤 覚えているのは、時計ですね。それに小学4年生くらいの時についてきたカメラにも夢中になりました。

宮原 カメラ、顕微鏡、天体望遠鏡が人気のベスト3です。

佐藤 それから記憶にあるのは、プランクトンの飼育セットです。ミジンコみたいな生き物を卵から育てる。

宮原 生き物だと、カブトエビもありました。

佐藤 毎月、ワクワクしながら待っていましたね。その「学習」と「科学」は、ピーク時に670万部、1千億円を売り上げたと資料にありました。それが2010年に休刊となり、その年、社長に就任されたのが宮原さんです。

宮原 当時は、減収が19年続き、売り上げはピーク時から半減、会社は大変な状態にありました。

佐藤 前社長からは、どのように社長を託されたのですか。

宮原 社長室に呼ばれて言い渡されたのは「お前は逃げないタイプだから」ということでした。そして同時に「お前は玉砕しない」とも言われました。私は攻める方なのでよく玉砕派に見られますが、実際は作戦重視です。だからそこを見ているのか、と思ったのを覚えています。

佐藤 この週刊新潮でも連載している片山杜秀さんは玉砕の研究をしていて、面白いことを言っています。玉砕の思想とは、実は殲滅戦の裏返しだと。すべて残らず滅ぼすことができないなら、全滅も厭わないというわけです。

宮原 それは面白い視点ですね。

佐藤 玉砕は短期決戦で、戦略や作戦がありません。当然、その思想で会社の立て直しは無理です。宮原さんは防衛大学校の出身ですね。さらに地域限定社員として学研に入社されたという非常にユニークな経歴をお持ちです。

宮原 その通りです。

佐藤 私たちの世代で、防大から民間に行くのは大変なことです。22歳で非常に大きな決断をされたということになる。

宮原 いや、私自身は自衛隊員として残りたかったのです。でもちょっと体を壊してしまって、外に出ざるをえなかった。だから辞めたことはすごく恥だと思っています。その後ろめたさがいまもある。防大から民間に行った人が、その会社で結構頑張るのは、みなそうした思いがあるからだと思います。

佐藤 そのお気持ちはよくわかります。私も国のお世話になって勉強してロシア語を習得し、それが基礎となっていまの仕事をしています。現役時代は最後まできちんと国のために働きたいと思っていました。でも鈴木宗男さんの事件が起きて、逮捕されてしまった。

宮原 でもその後、素晴らしい活躍をされています。

佐藤 宮原さんこそ、社長になられて会社をV字回復に導きました。引き受けられた時は、宮原さんの中ではどのくらい目算が立っていたのですか。

宮原 社長になる前にもさまざまな提言をしていましたから、もう手遅れじゃないかと思っていました。一時は内部留保が1300億円あったのが150億円もの借金となり、自社ビルを売却しました。希望退職を募るなどの長期対策も3回やっていましたから、もうそれもできない状況でした。

佐藤 それでも何かしなければならない。

宮原 ビジネス書などを読んで、やれることは何でもやろうとしました。ただ19年間、負け続けたチームです。もう外国人選手も傭兵も雇うお金がない。ですから社員の「意識改革」しか打つ手がありませんでした。いかに社員の士気を上げ、鼓舞していくか。やれるのはそこだけでした。

佐藤 具体的にはどう進められたのですか。

宮原 例えば、中堅社員の経営意識を育てるため、役員会議同様の議論をする「ジュニアボード」という制度を作りました。また社員から新規事業企画を募る「G-1グランプリ」も始めました。社員に底力があることはわかっていましたから、やる気が倍になるだけで勝てると考えていた。実際「G-1グランプリ」からは、学童保育などを行う「クランテテ」や児童発達支援施設の「クロッカ」などの新事業が生まれました。

佐藤 そうした対策は、どのくらいのスピードで打ち出していったのですか。

宮原 どれも社長になって1年以内にやりました。ゆっくりしている時間はありませんでしたから。

佐藤 それが奏功して、11期連続で増収となります。社員としても、業績が回復していくプロセスは楽しい。だからうまく回り始めると、どんどん会社に活気が出てきたのではありませんか。

宮原 それならよかったのですが、3年が過ぎると、業績はいったん落ち込みます。4年目の決算は、増収ではありましたが減益で、役員報酬を返上することで何とか黒字にしました。その後は増収増益を続けていきますが、だいたい改革をすると、4年目くらいに失速することが多いようですね。

佐藤 なぜ4年目なのでしょう。

宮原 やはり多少なりとも成功して、満足してしまうのがよくないのかもしれません。改革したはずの意識がもとに戻ってしまう。あるいは改革が表面的なものでしかなかったのかもしれない。

佐藤 意識改革は、どこに重点を置かれたのですか。

宮原 自分も心がけていますが、一番は「逡巡の罪」を犯さないことです。やって生じた失敗より、やらなかった罪のほうが大きい。チャンスを逃すな、ということです。やらない責任を問う仕組みは軍隊にはありますが、民間にありません。リスクを怖がるのではなく、リスクを計算して、勝ちに行く。そうしないと自分自身も成長しませんから。

子供に考えさせる教材作り

佐藤 事業としては、大きく教育と福祉が2本柱になっています。これは既定の方針だったのですか。

宮原 はい。それしか生き残る道はなかったですね。教育については、学研が潰れたら日本の教育はダメになるというくらいに重要な事業だと思っています。ただこの少子高齢化の中では、子供が少なくなる分、高齢者の分野でバランスを取っていくことが必要です。民間企業として、しっかり増収増益ができる基盤を作ることは社長の責務です。

佐藤 教育は従来の学習参考書などもありますが、幼児から小中高生までの「学研教室」という塾がメインですね。学研の塾の特色はどこにありますか。

宮原 教育産業はそれぞれ教材に個性があります。例えば、ある会社の教材は、母親が助かる、母親が楽になるよう作られた教材だと言われています。またある会社は、先生が採点しやすい教材を作っているとされている。そうした中で弊社は、お金を払うお父様お母様でも、教える先生でもなく、子供たちにとって一番の教材を作っています。そこが、私がこの会社を好きな点でもありますし、頑張って続けていこうと考えている点でもあります。

佐藤 教材から事業の組み立てまで見えてくるわけですね。

宮原 弊社の教材は、プロセス重視で、子供たちにすごく考えさせます。問題ができればいいということではなく、考えていくプロセスを評価する。だから子供にとっては難しい教材に見えることもありますが、やり終えたら、絶対に子供の成長のためになります。

佐藤 そうなると、塾の先生の選び方から変わってきます。

宮原 はい。教材はだいたい4年に1度作り直します。また10年に1度は、十数億円かけて全体を見直します。だから先生方も大変しんどい思いをしますし、会社としても多額のお金が出て行きます。でもそれだからこそ、一番適した旬の教材で勉強ができる。

佐藤 ずっと同じ教材を使っているところもありますからね。私もときどき学習参考書を読みますが、学研はいまの学習指導要領を見ながら、一緒に歩いてくれるというイメージがあります。

宮原 そうですね。ただ2002年の教育指導要領改訂で内容が3割カットになった時には、ものすごく議論になりました。民間企業としては、やはり教育指導要領に準拠した3割カットの参考書を作るべきですが、学研教室の教材ではカットせず、注釈をつけて必要な部分を残しました。

佐藤 ゆとり教育の流れでどんどん授業内容が減らされていった時期ですね。「生きる力」などが盛り込まれる一方、教える内容は薄くなった。

宮原 でもその後、カットされた3割は徐々に戻ってきます。

佐藤 結果として学研の方向性は正しかった。

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