バイデン政権がついに認めた、「サウジアラビア皇太子」によるジャーナリスト暗殺事件の闇

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報告書は真相に切り込んだか

 トルコ政府が持つ音声データには、カショギ氏が総領事館に入る「前」のサウジ側の会話も含まれているとされていることから、Apple Watchによる録音ではなく、トルコ情報機関による盗聴であったと考えるのが有力だ。

 その場合、大使館や領事館の防諜体制は中東地域では特に厳格であるはずで、トルコ側の盗聴器が発見されずに機能していたとすれば、サウジ側のカウンター・インテリジェンスの失態ということになる。

 いずれにせよ詳細は未だに不明だが、こうした音声データがカショギ氏殺害の実態を暴く決定的な証拠となったことは間違いない。

 トルコのエルドラン大統領は、音声データを米英独仏4カ国の情報機関とサウジアラビアに提供したことを公言、カナダのトルドー首相も「エルドラン大統領から音声テープを渡された」ことを認めている。

 このように、カショギ氏の最期が実際にどうであったかは、これまで「正体不明の音声データ」に基づく「推測」がなされてきたに過ぎないという状況だった。

 では、今回のバイデン政権の報告書は真相に切り込んだか。

ジャマル・カショギ殺害においてサウジ政府が果たした役割の評価」と題する今回の報告書は、CIAやNSA(国家安全保障局)等の諜報機関を統括する国家情報長官室がまとめたものだ。

 しかし、表紙を入れてわずか4ページ。真相解明には程遠いものだった。

 報告書の骨子は、ムハンマド皇太子が2017年以降、サウジの治安・情報機関を完全に掌握していたことから、皇太子の承認なくしてカショギ氏を「拘束」または「殺害」する計画を実行できる可能性は極めて低いと考えられるというものだ。

 つまり、「拘束」しようとしたらカショギ氏が抵抗したので鎮静剤を投与したところ分量を誤って死んでしまったのか(過失致死)、海外の反体制派を沈黙させるための計画に基づいて意図的に「殺害」したのか(故意殺人)という、肝心な真相は分からないままなのだ。

5名に死刑判決が下されたが

 今回、バイデン政権としては、ムハンマド皇太子と蜜月関係を保ったトランプ前大統領の中東政策を刷新すべく、「皇太子の承認があった」と踏み込む内容の報告書を解禁した。

 しかし同時に、イラン包囲網等との関係で大国サウジとの戦略的な関係は維持しなければならない。

 このような観点から、今回の報告書はあえて詳細な事実認定を避け、中途半端な玉虫色の内容とすることで、将来的により踏み込んだ内容のカードを切る「糊代(のりしろ)」を留保したということだろう。

 報告書の公開と併せて、皇太子の側近であるサウジアラビア総合情報庁(GIP)副長官と皇太子麾下の「迅速介入部隊」(Rapid Intervention Force)に対する制裁(米財務省OFACリスト掲載による金融制裁措置等)が発動されたが、皇太子自身への制裁は回避された。これも同じ趣旨だと考えられる。

 ムハンマド皇太子といえば、サウジ改革の旗手として期待する声も高い。

 他方で、2017年11月に王族を一斉に逮捕して財産を吐き出させた綱紀粛清劇や、反サウジ活動家のアカウント情報を窃取したとして、2019年11月に米国FBIがサウジアラビア関係者を起訴したツイッター社浸透工作事件で囁かれた強権ぶりを懸念する声も根強い。

 サウジ政府は今回の報告書に反発している。

 しかし、サウジといえども「反体制派ジャーナリストの無慈悲な殺害」を批判する国際世論の高まりは無視できない。

 バイデン政権との間合いを図るべく、慎重な対応を取っていくだろう。

 バイデン政権は、2月25日にシリア東部の親イラン民兵組織を空爆、中東政策の「再構築」を開始した。

 今回の報告書はいわば、老獪なバイデン大統領によるその露払いにあたるとも言える。

 カショギ氏「殺害」の実行犯はサウジ国内で起訴され、当初、5名に死刑判決が下されたが、その後、遺族による「恩赦の表明」があり懲役20年に減刑されている。

「トカゲの尻尾切り」で終わらせない手段として期待されていたのがアメリカ新政権による報告だったが、少なくとも現時点では、玉虫色の決着に終わった。

 真相は「闇」の中だ。

 中東での政治闘争は過酷であり、その犠牲となったカショギ氏の遺体はまだ見つかっていない。今際(いまわ)の国の闇の中、カショギ氏はいつになったら浮かばれるであろうか。

北島 純
社会情報大学院大学特任教授。駐日デンマーク王国大使館上席戦略担当官を経て、現在、経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は戦略的パートナーシップ、情報戦略、腐敗防止。論文に「グローバル広報とポリティカル・コンプライアンス」(社会情報研究第2巻第1号)等がある。

デイリー新潮取材班編集

2021年3月6日掲載

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