首相官邸で“お茶出し”を巡って傷害事件が発生 裁判で明らかになった両者の言い分

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 第二次安倍政権時代の首相官邸が舞台となった刑事裁判が、昨年から東京地裁で続いている。といっても、国家を揺るがすような大事件ではなく、“官邸でのお茶出し”をめぐるトラブルだ。部下の腕を強く掴んだとして傷害罪で起訴されているA被告は、「押しのけただけ」と否認しているが……。

 2019年7月29日。Aは当時、内閣官房の総理大臣官邸事務所で内閣事務官として勤務していた。主に要人等の食事や、お茶出しなどを担当する男性スタッフだ。事件当日は、育児のための時短勤務中で、15時15分に退勤予定だった。Aからの傷害の被害を訴えているのは部下のB。同じくお茶出しを行う男性スタッフだった。トラブルは、15時から開かれる閣議のためのお茶出しの際に発生した。

 今年1月に行われた被告人質問で、Aが語ったところによれば、お茶出しは次のような流れで行われていたのだという。

「閣議室の裏の給湯室で、閣議開始20分前からお茶づくりを始める。お茶を出すのは10分前で、お茶を作るのは大体、年次の若い方です。暗黙のルールです。お茶出しが遅れたら大問題で、担当者に迷惑がかかります」

 その日は、Aよりも年次の若いBが先に給湯室でお茶を淹れ始めていた。本来の予定であれば14時50分にはお茶を出すところ、14時45分ごろにAが給湯室に入ると、Bはまだお茶を作っていたのだそうだ。Aの担当弁護人のひとりが質問を続けた。

A「お茶が出来上がっていると思った。ですが、お茶を持って行こうとしたらBは『まだできてません』と言いました」

弁護人「進行の度合いとしては?」

A「過ぎてました。遅れてました」

弁護人「Bさんがお茶づくりを再開しましたね。流れはスムーズでしたか?」

A「いえ。茶こしが細かく、お茶が落ちていませんでした。給湯室には3種類の茶こしがあります。目の荒いもの、細かいもの、その中間……Bはそのなかで目の細かいものを使っていました。目が細かいと、お茶が薄くなるのと、お茶が落ちるのに時間がかかって、間に合わなくなります。中間の茶こしを使うべきだと伝えました。Bは、途中から、マドラーを使い、お茶を落としていたので、急ぐように言いました」

 ようやく出来上がったお茶を閣議室で配り終えたのち、給湯室に戻ったAは、濃さを確認するため、お茶を少し飲んだという。そして後から入ってきたBに「味が薄いな」と伝えた。

A「副所長に報告しようと思いました。お茶を出すタイミングが遅れたことと、お茶が薄かったこと……。ほか、私とBの(※直接の)上司にも報告しようと思いました」

「お茶、薄かったんじゃないの」

 そして事件は起こった。Aによると、給湯室から出る際、Bの「背中から肩にかけ手を添えて押した」という。

 対するBの言い分は異なる。昨年11月の尋問では、お茶出しを終えた給湯室での出来事について「被告人に右上腕部を掴まれた」と主張。次のように証言した。

B「(被告人が)あれ、お茶、薄かったんじゃないかと、私の右後方辺りから…けっこう大きめな口調で……。私は、洗い物をしていたので、そっけない態度をとりましたが、被告人は『なんだその態度は、事務所へ来い』と……けっこう声を張り上げていたと思います」

 そのあと、Bによれば、Aに腕を掴まれたという。要は“出すのが遅く、しかも味が薄い”お茶が発端となったトラブルだ。

 当日中にBは、上腕部が痛かったので、シャツをまくって見ようとしたが、よく見えず、自分のスマホを上司に当たる職員に渡して撮影してもらった。ボヤけているように思えたので、あとで別の職員にも同様に撮影してもらったところ、痣になっていたのだと話す。

 またBはAとの会話をスマホで録音していた。

B「彼(A被告)は何かあるときはボイスレコーダーをよく持っていて、都合の悪いとこは切って他の人に聞かせるのではないかと……私は一部始終を録音しました」

 ひと昔前、お茶出しは女性の仕事だという慣習があったが、被告人も、被害を訴えたBも、共に男性だった。男性による時短勤務制度の利用やお茶出し業務などを見れば、官邸内でも男女平等が進みつつあるとも言えるが、そもそも『お茶出し』という古い慣習自体が未だに残っていることが全ての元凶との見方もできる。

 今年2月の公判でAには罰金30万円が求刑された。判決は3月16日に言い渡される予定だ。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)
傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。

デイリー新潮取材班編集

2021年3月4日掲載

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