「令和の巌流島」決戦を裁いた女性審判は花火師、本人が語った“柔道と花火の共通点”

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「令和の巌流島」と呼ばれ、昨年12月に講道館で行われた東京五輪の柔道男子66キロ級の代表決定戦。延長含む24分間の戦いは阿部一二三(23)が大内刈りからの優勢勝ちで丸山城志郎(27)に勝ち代表を決めた。息詰まる攻防を裁いた国際柔道連盟審判員の天野安喜子さん(50)は花火師だ。江戸時代の1659年からの歴史を持ち、浪曲にも登場する「宗家花火鍵屋」の15代目宗家。天野さんはドーハで開かれたマスターズ国際大会から帰国したが新型コロナウイルスの隔離期間のため1月19日にリモートインタビューでお話しを伺った。

――ドーハでは100超級の原沢久喜選手ら五輪代表が破れ、不安を残しました。

 原沢選手や90キロ級の向(翔一郎)選手が負けたのは残念でした。原沢選手は仕上げてきてると思いましたし、気迫も十分で勝てると思ったのですが。それでも女子57キロ級の芳田司選手、48キロ級の渡名喜風南選手らが優勝しました。渡名喜選手は世界王者のD・ビロディド選手(ウクライナ)を破りました。彼女の試合は私が審判していた畳の隣で直接は見られませんでしたが見事です。ドーハで40試合近く審判を務め、海外の選手は国際試合に向けてしっかりとトレーニングして調整しているという印象を強く持ちました。日本と比べてというわけではありませんが、驚きました。

――阿部vs丸山戦は歴史的名勝負でした。双方が二つずつ指導(消極姿勢へのペナルティ)を与えられ、三つ目の指導で決まってしまうかと思いましたが。

 北京五輪では男子百キロ級の決勝で主審もしましたが今回は全く違いました。一試合だけで無観客。体験のない空気感と緊張感でした。どちらかが明らかに消極的なら、勝敗を決める三つ目の指導も迷わず与えました。審判団ともそう決めていました。しかし二人の気迫はすさまじく隙が全くない。戦う意志を持ち続けられて指導のタイミングすらなかったのです。元々一本を取る技を持つ二人。相手のペナルティで勝とうとするのではなく技で勝負に来るとは予想していました。実際、あんなに長い試合でもペナルティ狙いは皆無で磨き上げた技で勝ちに来ました。勝負魂も集中力も並ではありませんが一試合とはいえ、あれだけの時間、体力が持ったのも驚きです。

――五輪代表を決める試合も通常は大きな大会での試合で、一日に何試合もこなさなくてはならない。今回はそれがなく、いくら延長してもいいといった面は?

 試合終了時間が決められていませんでしたが、審判は基本的に時間を気にしません。「この時間に収めてください」に合わせれば審判員中心の試合になってしまう。あくまでも選手のための審判です。ただ、他の大会なら複数の試合を裁くのでそれに合わせて罰則のリズムを変えると「この審判だけ指導を出すのが遅いのか」といったことになり、「当たった審判で違う」と選手が迷う。不信感や不公平が出ないように平均的なリズムにしなくてはならない。でも今回は二人だけの試合ですから私を含む審判団の基準だけで裁けました。時間経過など頭にありませんでした。

――どっちが勝つと予想していましたか?

 全く予想していません。それどころか二人について完全に情報を得ないようにしました。先入観を排除するためです。私は性格的に「しない」と決めたら貫くタイプなのです。二人の体調などの情報を得ても影響してしまう。不公平な気持ちを少しでも持ったら審判はやめるべきです。阿部vs丸山戦に備えて日本大学柔道部の後輩選手にモデルになってもらい練習試合を裁きましたが「本気で試合をしてほしい」と頼みました。真剣勝負でないとリズムも変わるのです。

 誤審がニュースになることがあっても柔道で審判がこんなに注目されたのは初めて。周囲から「よかった」と聞き安心しました。何よりも敗れた丸山選手が「力を出し切った」と言ってくれたのが嬉しかったですね。

――自分から「巌流島決戦」の主審を申し出たのですか?

 そんなことは日本女性ならできませんよ(笑)。ただ、指名が来るかもしれないとは思いました。指名されれば迷わず引き受けようと思っていました。断ってしまって「世紀の一戦」の畳に自分ではない審判が立っていることを想像することに耐えられないだろうな、と感じたのです。

「時計のように感情がない」審判になりたい

――高校1年の時、国内無敵の山口香さんに開始十秒で一本勝ちしたり、1986年の福岡国際女子選手権で世界王者K・ブリッグスに敗れるも3位になるなど活躍されましたが引退は早かったですね。

 共立女子高校一年の時、団体戦の戦法で山口香さんと戦いました。山口さん得意の小内刈りをかわして背負いに入る対策をして徹底練習し、開始早々に決まりましたね。日本大学卒業で引退し、父の勧めで柔道審判を目指しました。現役より審判時代が長いですよ。選手時代はハングリー精神がなかったのか、試合に向かうのが怖いとか、練習はしんどいとかばかりで何のために柔道するのかわからなかった。「白黒はっきりさせたい」私の性格には審判が合っているようです。大きな誤審にならなくても「本当にこれでよかったのか」とビデオを何回も見直します。自宅でも鏡の前でゼスチャーを確認し「選手のための自分の在り方」を追究します。

――天野さんとも戦った溝口紀子さん(バルセロナ五輪銀メダル)が「高校時代、静岡県の審判が私に不利な判定ばかりするので時計だけが審判になる寝技を磨きました」と話してくれたことがあります。

 それは面白い。私も「時計のように感情がない」と言われるような審判になりたいですね。

――最近は以前より、審判が寝技を続けさせますね。

 寝技も一本取れるわけです。寝技の攻防が途絶えない限りは立たせず長く見るようになりました。今は寝技ができないと勝てません。特に女子は寝技が上達しました。70キロ級の大野(陽子)選手は寝技も立ち技もうまい。男子も一昨年の全日本選手権で準優勝した千葉県警のベテラン加藤(博剛)選手はすごい寝技です。世界でも「寝技は面白い」と思われています。私は現役時代、寝技は好きではなかったけど引退後に寝技の面白さがわかりましたね。

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