タクシー「600キロ無賃乗車女」、運転手は「相当ショック」 背景にドライバーの苦境が

国内 社会 週刊新潮 2021年2月4日号掲載

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 会食すれば叩かれ、夜の街から酔客は消えた。タクシー乗り場に閑古鳥が鳴くのは無理もない話だ。そんな折、思わぬ「長距離客」が現れたら……。無賃乗車事件が露わにしたタクシー運転手の窮状に、業界の風雲児は何を思うのか。

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 都心を流すタクシー運転手が苦笑するには、

「2度目の緊急事態宣言が出てからはお手上げ状態だね。飲み屋も20時で閉まるし、以前は1日5万円あった売り上げが最近では1万円台もザラ。お化けでも出ないかなぁ、と思う気持ちは痛いほど分かるよ」

“お化け”とはタクシー業界の隠語で、思いもよらない長距離客を指す。しかし、本当に化かされてしまっては笑い話にもなるまい。

 1月17日、鳥取県警は職業不詳の酒井彩子(40)を詐欺容疑で現行犯逮捕した。

 横浜から鳥取まで、タクシーに無賃乗車したのである。約8時間、走行距離は600キロを超え、取りっぱぐれた運賃は実に23万6690円――。

 県警関係者によれば、

「酒井は17日の午前2時半頃、JR戸塚駅でタクシーに乗り込みました。酔っぱらった様子はなく、また、目的地を“鳥取砂丘まで”と明確に告げられたので運転手は信用してしまったようです。ただ、高速を乗り継いで夜通し走ったものの、鳥取駅周辺で彼女が“お金をおろしたい”と言い出し、工面できなかったため、運転手も“さすがにおかしい”と。そのまま鳥取警察署まで連れてきたわけです」

 彼女が鳥取砂丘を目指した理由については、いまも県警の聴取が続く。

 運転手の勤め先であるタクシー会社に尋ねても、

「本人は相当ショックを受けておりまして……」

 と言うばかり。やはり売り上げに悩んでアクセルを踏み込んでしまったのだろう。

 ただでさえコロナ不況に喘ぐドライバーにとって、弱り目に祟り目のような事件だが、京都に本社を構えるタクシー大手・エムケイ株式会社の青木信明代表取締役はこう語る。

「当社では長距離の依頼が入ったら必ず報告するよう伝えています。無賃乗車か否かを見極めるのは不可能で、身元確認も難しい。そのため、長距離の場合は運賃の前払いやクレジットカードのデポジットをお願いしています。過重労働防止の観点から、場合によってはドライバー2名態勢を採ることも考えられますね」

「いまがチャンス」

 同社は、2021年度にグループ全体でドライバーを中心に2千人を採用すると発表。コロナ禍の決断が話題を集めている。

「昨年3~4月の売り上げは前年比で3割ほどに落ち込み、グループ全体の売り上げも4割減すると見込んでいます。ただ、タクシー業界はここ5年ほど人材不足が続いていたんですね。語弊があるかもしれませんが、その意味でいまは人材確保のチャンスとも言える。今後、コロナの影響が収束に向かい、東京五輪や大阪万博などでインバウンド需要が高まり、規制緩和が進めば売り上げも回復するでしょう。苦しい時期にこそ優秀な人材に投資しておきたいのです」

 明け方の鳥取で途方に暮れた運転手には同情するが、明けない夜はないのだ。

ワイド特集「麒麟がこない」より