夜中に正体不明のかゆみが たまらず緊急訪看に頼った夜──在宅で妻を介護するということ(第18回)

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「彼女を自宅で看取ることになるかもしれない」 そんな覚悟もしつつ、68歳で62歳の妻の在宅介護をすることになったライターの平尾俊郎氏。介護の日々は、予期せぬ事件の連続である。ようやく食事ができるようになったかと思えば、今度は「かゆみ」という難敵が――体験的「在宅介護レポート」の第18回。

【当時のわが家の状況】
夫婦2人、賃貸マンションに暮らす。夫68歳、妻62歳(要介護5)。千葉県千葉市在住。子どもなし。夫は売れないフリーライターで、終日家にいることが多い。利用中の介護サービス/訪問診療(月1回)、訪問看護(週1回)、訪問リハビリ(週2回)、訪問入浴(週1回)、訪問歯科診療(月1回)。

 ***

 訪問看護ステーションは基本的に「24時間対応」である。夜中に容態が急変したり、介護者の手に負えない事態が発生したりしたとき、電話一本で駆けつけてくれる契約(料金加算あり)になっている。

 これはありがたい。具合が悪くなるのは決まって夜更けか、医者が休みに入る連休初日あたり。深夜に救急車のお世話になったことは一度や二度ではないので、「在宅」に踏み切る有力な材料となった。

「在宅」を始めて3カ月、半年、1年、そして1年半が過ぎた。この間、深夜に困った事態が発生したことはただの一度もない。夜の9時ごろ、遅目の夕食をとりクスリを飲ませると、入眠剤の効果もあって女房はすぐに軽い寝息を立てる。そのまま朝までグッスリ。今では夜中は最も手のかからない、介護者休息の時間となった。

 それはそれで大変結構なことだが、伝家の宝刀がありながら使わないままなのはなんだか惜しいような気がしていた。それと、訪問看護ステーションの24時間対応の中身はいったいどんなものか、知りたい気持ちも湧いてきた。

 病院のように宿直が決まっていて、誰かが寝ずの番をしているのだろうか。一晩に何度くらい呼び出しがかかるのだろうか。要請が重なった時どうするのか、など。週1で来てくれている看護師さんに聞いたところ、どうやら病院の夜勤のようなガチの体制ではないらしい。

「夜中に病変が起きそうな訪問先は分かりますから、日中にそうならないような処置をしておく。それが基本です」と言うところをみると、そんなに頻度は高くないのだろう。宿直担当は決まっているが、自宅が遠い人以外、大半は普通に帰宅してケータイが鳴ったら対応するという。

 考えていた通りだった。医療と異なり介護での容態急変は、看取り段階の人を除けばそうあるものではない。お呼びがかかるとすれば、介護者がかなり神経質な場合か、その逆になんでもかんでも看護師さんに任せきりのケースだろう。

 それにしても、風呂に入るときもケータイを携行し、寝るときも枕元に置いて、いつ鳴るかビクビクしながら朝を待つなんて、私には絶対できない。本当に大変な商売だ。そして、できればこのまま自分はこの権利を行使したくない。日々激務の彼女たちをゆっくり寝かせてあげたい、と心から思った。

 自分で言うのもなんだが、そんな“介護者の鑑”のような私が、まさか月に2度も3度も夜間に救急対応を要請することになるとは、この時点では露ほども思わなかった。その奇妙な症状が女房を襲ったのは2020年7月初めのことだ。

この痒み、尋常ではない

 朝起きると、しきりに顔が痒いと言う。蚊にでも刺されたか? しかし、どこにも刺された痕はないし何かにかぶれた様子もない。午後になっても痒みがおさまらず、痒いのは首から上と言う。私はハタと気づいた。「枕のアンコの素材にカビでも生えているのではないか」と。

 枕カバーは週に1度の入浴の度に新しくするが、枕本体はもう何年も同じものを使っている。汗をたくさん吸い、中にカビが生えても不思議はない。きっとそうだ。すぐにしまむらに自転車を走らせ、新しい通気性のよさそうな枕に取り換えた。

 しかし、2~3日しても痒みはおさまるどころか、逆にひどくなっていく。部位も次第に、顔から腕、背中、脚と、全身に広がっていった。その度に掻いてやるのだが、不思議なことにどこにも湿疹や発赤は見られない。乾燥のせいか? いや、お風呂の後も訴えるから違うと思う。

 どうやら皮膚に問題はなく、身体の中から湧いてくる痒みのようだ。と、素人ながら結論を出した。訪問診療の日はまだずっと先なので、近くのドラッグストアに相談すると、その種の痒みには「抗ヒスタミン薬」がよいという。軟膏を買い塗ってみたが、気休め程度にしかならなかった。そして、その日が訪れる。

 最初に痒みを訴えてから5日後のこと。その日は夜の8時を過ぎると、「痒い、あー痒いよう」の連呼で、まるで幼稚園児のように止まらない。パジャマの袖をめくると、相当強い力で掻きむしったのか、左腕の肘から手首にかけて何筋も血がにじみ、皮膚の下は内出血して全体が紫色を帯びていた。

 尋常ではないと思った。「痒いよう~、あ゛~~」の訴えはさらに大きくなり、半分泣き笑いのような状態になった。もう、見ているのがつらくなった。それよりも、この叫びが深夜も続いたらお隣さんも黙ってはいまい。

 10時半までガマンしたがもう限界。当直の看護師さんごめんなさい。初めて、訪問看護ステーションの夜間緊急連絡先の電話番号をプッシュした。痒みくらいで呼ぶなんて私の美学に反するが、もはや体裁を繕っている余裕はなかった。

「ひどい痒みは、痛みよりつらい」と、どこかで聞かされたことがある。鎮静剤でも注射してもらわねば妻は精神的におかしくなってしまうのでは……、そんな恐怖感でいっぱいだった。

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