「合理的バブル」は何が引き金となって崩壊するのか

ビジネス 2021年2月1日掲載

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「足元で起きている資産価格と実体経済がかけ離れる『バブル』は、世界の中央銀行による金融緩和で生じているため、『合理的』だとして市場に妙な安心感が広がっている」

 このように指摘するのは、中空麻奈BNPパリバ証券グローバルマーケット統括本部副会長である(1月22日付日本経済新聞)。

 合理的バブルとは「資産の価値がファンダメンタルな価値を超えているとわかっているが、『必ず誰か他の人に売り抜けて、自分は損をしない』と皆が思っている状態」のことである。金融経済学には「市場は常に完全に情報の面で効率的である」とする効率的市場仮説があるが、中空氏は「効率的市場仮説に基づいて価格が決まっているのだとすれば、そこから生じたバブルの限界は『その価格では転売できなくなった時』か『現実世界の資源の有限性がネックになってその価格が成立しなくなった時』である」と主張する。

 中空氏は、市場関係者が「最後の貸し手」と理解している中央銀行が極端な政策を採ってバブル崩壊の引き金となるとは考えにくいことから、「今回のバブルは現実世界の突然の変化が原因で終わる公算が大きい」としている。想定されるトリガーは(1)需給のミスマッチや(2)規制の強化など人為的な手綱が需給を壊す可能性などだが、筆者は「リーマンショック後の世界経済を牽引してきた中国が震源地になる」と考えている。

 まず第一に「需給のミスマッチ」について見てみよう。現在世界の自動車メーカーは、半導体部品の不足が原因で相次いで生産調整に追い込まれている。コロナ禍で世の中のデジタル化が進んだことにより世界の半導体需要が急拡大する中で、急回復した自動車業界に対して半導体の供給が追いつかない状態が生じているからである。この問題が特に深刻なのは中国である。中国の自動車産業は世界最大の生産台数を誇るが、半導体の自給率の低さがアキレス腱である。自動車生産は近年半導体への依存が高まっているが、中国企業は主に欧州から輸入しており、「中国の自動車向け半導体不足は10年にも及ぶ可能性がある」との懸念も生じている(1月19日付ブル-ムバーグ)。コロナ禍で生じた短期的なミスマッチに加え、中国で高まる電気自動車向けの需要や国内での技術的ノウハウの欠如、長期化する米国との間の地政学的な緊張が深刻な問題として浮上している。

 米国防総省は昨年12月、中国の半導体製造最大手のSMICをブラックリストに追加した。これによりSMICは、半導体工場を新設する場合に米国の製造装置が入手できないばかりか、既存装置のメンテナンスも受けられなくなり、現在稼働中の全ての半導体工場が停止せざるを得ない状況に追い込まれつつある(12月8日付JBpress)。

 中国企業は昨年、新型コロナウイルスのパンデミックを乗り切るために大規模な資金調達を行ったため、債務水準が過去最悪圏で推移している(2020年11月24日付ロイター)。昨年11月、ドイツ自動車大手BMWと合弁を組む華晨汽車集団(遼寧省)が経営破綻しているが、半導体危機もあいまって大手自動車企業の破綻が相次ぐことになれば、中国の金融市場にシステミック・リスクが生ずる可能性があるだろう。

 次に「規制の強化など人為的な手綱が需給を壊す可能性」だが、中国ではこのところ当局による電子商取引大手アリババ・グループに対する露骨な締め付けが目立っている。アリババの創業者である馬雲(ジャック・マー)氏が昨年10月、フィンテック企業に対する政府の過剰規制について公の場で苦言を呈したことがアダとなって、アリババ傘下の金融会社アント・グループの新規株式公開(IPO)が当局によって差し止められ、その後もアリババ・グループに対する「弾圧」が続いている。

 中国経済は毎年多額の経常収支の黒字を計上しているが、国内資金の大部分は国有銀行が吸い上げ、非効率きわまりない国有企業に回されていることから、成長率の高い民間企業は常に資金不足に悩んでいる。アリババ・グループは電子決済事業に参入することで民間企業の資金繰りを支援してきたが、当局の締め付けがさらに強化されれば、「ハイテクなど成長著しい分野を主導している民間企業の多くが資金難から破綻する」という中国版ハイテクバブルの崩壊が起きるかもしれない。

 中空氏は「今回のバブルは、合理的に制御できない実体経済の瓦解が契機となって弾ける気がしてならない」と締めくくっているが、中央銀行が「最後の貸し手」の役目を放棄せざるを得なくなる事態が起きることもありうるのではないだろうか。筆者の念頭にあるのは「中東地域の地政学リスクに端を発した原油価格の高騰」である。原油価格が急騰すれば、インフレ懸念から中央銀行は引き締めモードにならざるを得ないからである。

 思い起こされるのは、リーマンショックの2ヶ月前(2008年7月)に起きたWTI原油価格の1バレル=140ドル超えである。株式市場の高騰を嫌気した投機マネーが原油市場に流入したことが要因とされているが、「原油価格の高騰がなければリーマン・ブラザーズは破綻しなかった可能性があった」との指摘がある。

 中東地域の状況を見てみると、イランとイランの核開発に神経を尖らせるイスラエルとの間の緊張関係が続いているが、ここに来てOPEC第1位の生産国であるサウジアラビアと第2位の生産国であるイラクの関係がきな臭くなっている。その発端は1月21日にイラクの首都バグダッドで起きた自爆テロだが、「自爆テロの背後にサウジアラビアがいる」とするイラクの民兵組織が23日、「報復のためにサウジアラビアの首都リヤドに無人機で攻撃した」ことを認めたというニュースが飛び込んできた。いずれにせよ、中東地域の地政学リスクが急上昇すれば、原油価格が高騰するのは必至であり、「合理的バブル」は一巻の終わりになってしまうのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮取材班編集