「桑田電撃入閣」で思い出す「原監督との遺恨」、「他球団からの誘い」は?「高卒監督NG説」って?

スポーツ 野球 2021年1月22日掲載

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桑田の巨人退団時の行動

 巨人OBの桑田真澄(52)が1軍投手チーフコーチ補佐に就任するというニュースは、過去の原辰徳監督(62)との遺恨を考えればサプライズだった。高卒や他球団のユニフォームを着た者は巨人の監督になれない説の真贋、他球団からのオファーの有無について、徳光正行が探る。

 通常通りにことが進めば、プロ野球のキャンプインまで2週間弱となりましたね。

 昨年11月25日に全日程を終えて2ヶ月ちょっとの休みでキャンプインとは「本当にお疲れ様です」としか言えません。それがたとえ職業だとしても。

 そのわずか2ヶ月、今日までのストーブリーグ中、様々なことがありましたね。

 まさかのヤクルト山田哲人の残留、ライアン小川も残留、巨人に目を向けますと梶谷隆幸・井納翔一両選手の獲得、ロッテ清田育宏選手の不倫と虚偽報告からの無期限謹慎処分などなど。

 やはり巨人ファンですので、FAでの梶谷隆幸・井納翔一両選手の獲得とエリック・テームズ選手、ジャスティン・スモーク選手の入団も嬉しかったのですが、菅野智之選手の熟考の末の残留も嬉しゅうございました。

 そしてなんと言っても齢49のわたくしにとりまして、桑田真澄さんの15年ぶりの巨人復帰は嬉しいなんてもんじゃありません。

 しかも背番号がかつての名将・藤田元司さんがつけていらっしゃった「73」だなんて、感涙のダダ漏れ必至でございます。
 
 この英断を下した原辰徳監督そして快く就任要請を受諾した桑田真澄氏、本当にありがとうございます。

 どうして我々がここまで熱くなり驚いているのか? 

 各報道等でご存じの方も多いと思いますが、桑田真澄さんの巨人退団時の行動と当時も監督であった原辰徳さんの言動からして、「原さんが桑田を迎え入れる」とは考えられなかったからです。
 
 では少しだけその部分に触れてみましょう。

「信じられない、順番が違う」

 2006年当時の桑田さんは晩年に差し掛かり1軍での登板機会が減少していました。

 そしてシーズンも終盤に差し掛かった9月、ファームでの登板が予定されていた前日に自身のブログで「ジャイアンツのユニホームでマウンドに立つのは、おそらく最後になる」と綴り、なおも試合後取材にあたったマスコミに対して「3ヶ月も4ヶ月もスタンバイしていたのに声がかからなかった。戦力に入っていないと判断した」と発言しました。

 これに対して原監督は「信じられない、順番が違う」と激怒しました(球団や自分に話もなくブログで発表とは何事かと……)。

 これに関しては原さんの言い分が正しいようにも思えます。

 こんなことがあったにもかかわらず、時を経て原監督は自らオーナーに「ジャイアンツOBで非常に気になる後輩がいる。ぜひジャイアンツのために、選手はもちろん、すべてにおいて戦力になってもらいたい人がいる」として桑田真澄さんの名前を挙げたというから仰天すると共に改めて原辰徳という人の寛大さというか漢っぷりに惚れ直しました。

(過去の一時的な感情なんてどうでもいい。巨人の未来に必要なピースとして桑田真澄が必要なんだ。そして彼は引退後も大学院等で様々なことを学んでそれを生かそうと思ってがんばってきたじゃないか? それを生かしてあげるのは自分の役目だ)という含みが見て取れた気がいたします。

 そして「あれっ? なんかこの光景、既視感があるな」と思ったのは私がプロレスファンだからなのでしょう。かつて新日本プロレスに後ろ足で砂をかけて退団した長州力に「どうってことねえよ」の一言で出戻りを許したアントニオ猪木さんを重ねてしまったのです。

 原さん元来の人間性もあると思いますが、今回の桑田真澄コーチ招聘の際、大のプロレスファンである原さんの脳裏に猪木さんのこの時の行動が少しでも過ぎっていたとしたら……などと考えるだけで、鳥肌が立ってしまいます。

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