菅首相“オレがやるからコロナは大丈夫”の過信が仇に 「アフター菅」への道

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世の中を動かしているのは政治

 通常国会は今日開会。首相就任直後に高い内閣支持率を誇った菅義偉政権には、自民党内から「早期解散に踏み切るべきだ」という期待が拡がったが、コロナ対策での躓きが重なり、アフターコロナならぬアフター菅などという不名誉な言葉が出回り始めた。官房長官として在職歴代1位で、特に危機管理対応力が評価されていただけに、「菅さん自身が一番、“こんなはずじゃなかった”と思ってるんじゃない?」と指摘する声も。

「これだけ新型コロナが猛威を振るっている中だと、誰が首相をやっても同じでしょ。安倍さん(晋三前首相)だって、マスクとかやることなすこと空回りでうまくいっていなかったわけだし。コロナがなければ携帯電話の値下げやデジタル庁とか、バリバリ仕事をしていただろうに」

 と話すのは、ある官邸関係者。

 官邸スタッフだから首相の肩を持つのは当たり前と言えばそうなのだが、その一方で、こうも続ける。

「菅さんの場合は、“誰がやっても同じ”とは考えていなかった。“オレがやるんだから大丈夫だ”って考えていたはずです。その強烈な自負心に足をすくわれた感じがします」

 菅氏は民間企業で働くうちに、「世の中を動かしているのは政治だ」と考えるようになった。

 国会議員秘書、市会議員、国会議員と権力の階段を上っていくことになった背景に、「政治家は地元、国民に尽くすのが全てなのに何もしない、してくれない。ならば自分がやるしかない」という思いがあったと周辺に語っていたことがある。

怒ってるよぉ、ふふふ

 菅氏といえば官僚の人事掌握である。

 2014年5月、国家公務員の幹部人事を一元管理する内閣人事局が設置された。

 ありきたりの人事に風穴を開け、適材適所、政治主導を極めると聞こえは良いが、実際は「菅主導」。

 菅氏と相いれない総務次官候補がパージされたこともあった。

「菅氏に睨まれれば見捨てられ、媚びれば逆転も可能」という虚しい人生すごろくが、霞が関で生まれたわけだ。

 例えば2017年6月のこと。通常国会が延長なく閉じられた後、新聞紙面に各省庁のトップ人事が連日躍った。

 夜の会合を終えた菅氏と番記者とのオフレコ懇談の場で、こんなひと幕があった。

記者:次官人事がどんどん報じられていることについて、長官ご本人はやはりご機嫌斜めですか?

菅:怒ってるよぉ、ふふふ。

記者:報道が出ちゃった今、これから変える可能性は?

菅:(苦笑いし)変えてやるよ。

記者:ホントにそういうことはありますか?

菅:まあ、どこか(の社)は訂正の記事を出すことになるんじゃないの。

記者:文科省の人事は(まだ)出ていませんね?

菅:(再び苦笑い)

 事実、紙面に掲載された幾つかの人事がその直後にひっくり返された。

「菅さんは何でもそうですが、前もって漏れた話を覆すのが好きでした」(先の官邸関係者)

 番記者たちは長官に集中する権力を嫌と言うほど見せつけられたに違いない。

 何かを書けばそれがなかったことになるどころか、下手をすれば「誤報」となる。

 記者から書くことを奪ってしまうのも、自らの権勢を確認する手段だったのかもしれない。

 2019年10月から約1年間、菅氏を官房長官の番記者として取材し、『菅義偉とメディア』を出版した毎日新聞の秋山信一記者は、菅氏の首相就任直後、こんな記事(2020年10月2日付)を書いている。

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