フジ「知ってるワイフ」は放送枠で損した?名作を生んだ伝統の「木10」はなぜ衰えたのか

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 フジテレビの1月期の連続ドラマ「知ってるワイフ」(木曜午後10:00)は良く出来ているとSNS上で評判高いが、1月7日の初回の世帯視聴率は6・1%。木10こと木曜劇場は「愛という名のもとに」(1992年)などを生んだ伝統のドラマ枠であるものの、放送枠の力がすっかり衰えてしまったらしい(視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区)

「知ってるワイフ」の主演は関ジャニ∞の大倉忠義(35)。役柄は平凡な銀行員・剣崎元春で、結婚5年目の妻・澪(広瀬アリス、26)との関係は冷え切っていた。

 夫婦関係を悪化させた責任の大半は元春にある。2人の子供の育児に非協力的だった一方、こっそり高価なゲーム機を買ってしまうなど家庭人の自覚が足りない。もっとも、悪い男ではなく、世間によくいる学生気分が抜けないタイプである。

 澪に叱られてばかりの元春は「こんなはずじゃなかった」と頭を抱える。大学の後輩でお嬢様の沙也佳(瀧本美織、29)を結婚相手に選んでいたら、幸せになれたのではないかと夢想する。これも世間にありがちな話。

 けれどドラマではタイムスリップによって「違う相手との結婚」が現実となる。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年)を彷彿させる物語だ。

 2年半前に放送された韓流ドラマのリメイクで、設定を日本に置き換えたが、不自然さはない。タイムスリップ話は荒唐無稽であるものの、それを除くと現実味に溢れているので、説得力が生まれている。見る側を引き込む。

 なにより出色なのは大倉と広瀬の演技。大倉は世間によくいる平凡な若手サラリーマンを好演している。奇抜な人間より平凡の人を演じるほうがずっと難しい。特徴が乏しいからだ。

 一方、広瀬は名コメディエンヌとしての名声を既に固めているが、今回はシリアスな役。自覚のない夫に苛立つ妻をやはり巧みに演じている。

 それでも視聴率が獲れない。1月7日放送の初回は世帯視聴率が6・1%。合格水準とされている10%を大きく割り込んだ。昨年4月から発表されるようになった個人視聴率も3・3%と低い。「相棒」(テレビ朝日)の再放送を下回るレベルである。

 木10はこれまでに「29歳のクリスマス」(1994年)「眠れる森」(1998年)「白い巨塔」(2003年)などの名作を生み、高視聴率も得てきた。伝統のドラマ枠なのだが、どうやら放送枠の力が衰えてしまったようだ。

「枠の力」という言葉をテレビマンたちは日常的に使う。例えば、佐藤健(31)や菅田将暉(27)ら人気役者を主演に据え、良質の脚本を用意しようが、低視聴率ドラマが続いていた放送枠では高い視聴率が得にくい。

 視聴者側にその放送時間帯は他局の番組を見る習慣が出来てしまっているからだ。さらに深刻なのは、特定の放送枠で低視聴率ドラマを立て続けに流すと、視聴者は「どうせ次もつまらない」と思い込んでしまうようになる。負のスパイラルに入る。「この枠では当たらないから出たくない」と出演に難色を示す役者まで出てくる。

 木10の場合、前作の昨年10月期は「ルパンの娘」だった。同12月10日放送の最終回の世帯視聴率は4・8%。全9話の平均は約5・8%だった。「知ってるワイフ」はこの数字に引きずられてしまったように思える。視聴者は木曜午後10時には他局か動画を見る習慣が出来てしまったのではないか。

「ルパンの娘」は遊び心に満ちた愉快なドラマだった。特に感度の高い人にはウケたようだ。だが、一昨年7月期のパート1も全話平均は7・2%。旧来の民放の編成戦略に照らし合わせると、昨年10月期の続編は作られない。今年、映画化されるそうだが、最初から続編は見る人の限定される映画にすれば良かった気がする。

 木10の前々作は昨年7月期の「アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋」で全11話の世帯平均視聴率の平均は約9・6%。新型コロナ禍の影響で同4月期はなく、同1月期は「アライブ がん専門医のカルテ」。全11話で平均は約7%だった。

 昨年の木10は3作品すべての平均が1桁台にとどまった。これが現在の放送枠のパワーダウンを招いてしまったのだろう。

「視聴率は関係ない」と言う人もいるに違いない。確かに視聴率と質はイコールではない。半面、一定以上の視聴率を得ないと、CMによって支えられている民放のドラマは制作できなくなりかねない。放送枠の維持が難しくなる。

 ドラマはトーク番組などと比べたら、ギャラや美術費などが嵩み、ほとんど儲からないからだ。また、良質のドラマを作ろうが、放送枠の力が弱くなると、多くの人の目に留まりにくくなってしまう。

 なにより、視聴率は大衆の支持率と一緒。それを否定するのは大衆の軽視と同じ。地上波は特定の人に向けてサービスを行っているCSや動画と違うのだから、大衆を軽んじるわけにはいかない。

 木10が置かれた現状の厳しさはスポンサーを眺めても分かる。「知ってるワイフ」の初回で流れた全9社のスポンサー紹介で、社名あるいは商品名が読み上げられたところは1社もなかった。

 スポンサーの紹介は「この放送はごらんのスポンサーの提供でお送りします」だった。各社が30秒のCMしか流していないためで、その分、各社のスポンサー料負担も比較的少ない。仮にこのまま視聴率が伸びなくても出費に対する“損失”は小さい。

 一方、視聴率が安定している月9の「監察医 朝顔」のスポンサーは6社で、社名が全て読み上げられている。これは60秒のCMを流し、比較的大きい制作費を負担していることを示す。

 スポンサー料の負担が大きくなろうが、長くCMを流したいわけだ。「朝顔」へのスポンサーの期待の表れとも言える。力のある放送枠ほどスポンサーが少なく、紹介で社名が読み上げられる傾向がある。

 ちなみにヒット作を連発するTBS「日曜劇場」のスポンサーは僅か4社。その紹介は社名に加えてキャッチフレーズ付き。これは90秒以上のCMを流し、大きな制作費を負担していることを意味する。それでもスポンサーになりたいわけだ。

 ドラマなど番組のスポンサーのCMは「タイムCM」と称し、原則的には6ヶ月契約。昨年10月からの「朝顔」が2クール(6ヶ月)なのはスポンサーが同意したからにほかならない。「相棒」はいつも6ヶ月間だが、これも高視聴率が見込まれるから。ヒットが見込めないドラマなら、こうはいかない。

 放送形態は制作側の一存で決まるものではない。「相棒」が2クールになったのも安定した視聴率が見込めると分かり、スポンサーが取れるようになったシーズン2から。「朝顔」の2クールも一昨年7月期の高視聴率があってこそ。ドラマの放送形態にはスポンサー事情が付いてまわる。

 かつては木10もTBSの「日曜劇場」と同等以上に強い枠だった。「白い巨塔」は2クール放送だったが、それが実現した背景にも強さがあった。20%作品どころか、「愛という名のもとに」や「眠れる森」などは30%もあったからだろう。

 陽はまた登る。強い木10の復活に期待したい。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

週刊新潮WEB取材班編集

2021年1月14日掲載

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