スキャンダル溢れる世だからこそ知りたい「不倫の奥義」 林真理子×三浦瑠麗

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現代の「源氏物語」

三浦 そんな日本の上流の男性が恋するのが、中国人女性、ファリンというのも面白かったです。

 美しくて知的で上品で、でもベッドでは激しく乱れる。男の人の理想のような女性です。実は、ルックスは三浦瑠麗さんをイメージして書きました。

三浦 まあ、それは光栄です(笑)。でもそんなファリンに男たちは翻弄されてしまう。中華文明って、ああいう女性がいてもおかしくない、と思わせる歴史と貫禄がありますよね。

 彼女は中国共産党の失脚した大物政治家の孫、という設定。少女の頃は文化大革命で辛酸をなめたけど、いまはシャネルやエルメスで固めてる中国人マダムたちにも取材して、中国の底知れない不気味さみたいなものも取り入れました。

三浦 彼らの「没落してはいけない」という恐れは、我々日本人とは桁違いです。日本は組織における肩書きがものを言いますが、中国は強烈な縁故社会ですね。

 小説の中で「百年後、日本語も日本も無くなる」というセリフがありますが、それは言い過ぎだとしても、中国に比べると日本の国力が衰えているのは確か。

三浦 急激に成り上がった国特有の衰え方ですかね。

 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」なんて時代が信じられないぐらい貧乏になってしまって。

三浦 けれど、サッチャー時代に貧困に苦しんだイギリスの人たちはそれ以上でした。イギリス映画特有の暗さは、格差が圧倒的で、這い上がれない惨めさがあるからでしょうね。

 確かにそうかも。

三浦 日本では、高級な寿司屋に行けなくても、家族でスシローに行けば安くて美味しくて楽しい。地方は物価が安いから、お金がそれほどなくても暮らせます。

 特に若い世代は、私たちと違ってバブル時代を経験していないしね。

三浦 そうですね。日本ではまだ、格差はあっても人間としての尊厳は比較的守られている気がします。

〈駐在員の妻、キャリアウーマン、政治家秘書、CA、クラブのママ……久坂の情事の相手は百花繚乱。彼はなぜこれほどまでに女性を求めるのか。そして、女性たちは彼の何に惹かれるのだろうか。〉

三浦 本書は現代の「源氏物語」とも言えますが、久坂が相手にするのは美女ばかりではなく、時には「末摘花(すえつむはな)」のような不美人もいますよね。

 「どんな女でもイケる」というのが彼の矜持なんです。モテる男性の条件というのは、女好きであること、だと思います。

三浦 そうかもしれません。

 渡辺淳一先生が昔「僕は美人が好きなわけじゃない、女が好きなんだよ」っておっしゃってました。だから先生はお婆さんからもモテてた。

三浦 けれども、久坂の猟色の底には、すべてを持ったものが抱く「豪奢な虚無」と言うべきものがありますね。

 そう、まさにそれを描きたかったんです。

三浦 誰もが憧れる遊び人が、だんだん寂しい存在に見えてくる、という展開が見事でした。

 ありがとうございます。

三浦 億万長者というのは、庶民には分かり得ない虚無を抱えています。お金稼ぎには際限がないし、社交も同じレベルの人相手に限られて閉塞感があるし、実は自己肯定感が得にくい。

性愛をひたすら追求

 IT社長が宇宙を目指すのもそういう虚無からなのかしら。政治家の人たちはどう?

三浦 政治家は権力闘争の渦中にいるから皆さんエネルギッシュですよね。

 三浦さんが魅力を感じた人はいますか?

三浦 高村正彦さんや麻生太郎さんは、年が上でも親しみを感じますね。

 お二人ともキャラクターとして愛嬌がありますね。

三浦 権力抗争を大方卒業して高みにいるから、国益を考えるにも余裕があるんでしょうね。ちょっと貴族的になるというか。

 国家権力を持った人との恋愛、とか憧れたりしない?(笑)

三浦 ないですね(笑)。経済人は組織で脱落しても、首を取られるわけではありません。けれども政治家は個人商店で、すべてを失う。政治の世界はやはり恐ろしいところです。

 どんな男だったら三浦さんを惹きつけることができるのかしら。

三浦 やはり知性を持った人ですね。その人から学べることがあって、私を深く理解してくれるような。

 それはなかなか高いハードルです。

三浦 競いたがる人は苦手。どうやって勝ち上がるかを考えているうちは、男性は余裕がないんでしょうね。50代くらいになるとようやく安定してくる。

 中高年の男の人にとっては希望が持てますね。

三浦 男性は自分が元気だった頃を懐かしみます。でも、それは女性が若い頃の美を取り戻そうとするのと一緒で、自画像を愛でるにすぎません。身勝手さで女性を傷つけることもしばしばですから。私が若い頃は、10代や20代の男性の性欲なんて、煩わしい以外の何物でもないと思っていました。

 女性は性的なことよりもときめきだけで十分、という人も多いですしね。ときどき若い男好きの女もいるけど(笑)。

三浦 ああ、それは確かに。でも、性愛や恋愛というものは、そういう男と女がお互いに抱く壮大な誤解のもとに成り立っている気がします。

 まさしく。だから面白いのよね。

三浦 性愛をひたすら追求する主人公の姿は、ときに愚かしく見えますが、人間が人間らしく生きることの肯定でもありますよね。スキャンダラスで、いまの社会に必要な作品だと思います。

 ありがとうございます。不倫に厳しい世の中だけど、女性の皆さんにもぜひ読んでほしいです。

週刊新潮 2020年12月31日・2021年1月7日号掲載

特別対談 「『愉楽にて』文庫化記念 スキャンダル溢れる世だからこそ知りたい『不倫の奥義』 作家『林真理子』×国際政治学者『三浦瑠璃』」より

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