「身体障害者手帳」で日本の制度のありがたさを知る──在宅で妻を介護するということ(第16回)

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「彼女を自宅で看取ることになるかもしれない」 そんな覚悟もしつつ、68歳で62歳の妻の在宅介護をすることになったライターの平尾俊郎氏。

 今回のテーマは「身体障害者手帳」である。複雑な思いで取得したところ、思った以上にそのありがたさを知ることに――体験的「在宅介護レポート」の第16回である。

【当時のわが家の状況】
夫婦2人、賃貸マンションに暮らす。夫68歳、妻62歳(要介護5)。千葉県千葉市在住。子どもなし。夫は売れないフリーライターで、終日家にいることが多い。利用中の介護サービス/訪問診療(月1回)、訪問看護(週1回)、訪問リハビリ(週2回)、訪問入浴(週1回)。

 ***

 3月2日、千葉市より「身体障害者手帳」をいただく。障害の種別は「肢体不自由」、障害の等級は、手帳の交付の対象となる1級から6級のうち、いちばん重い「1級」に指定された。

 年が明けてからほぼ1カ月、煩雑な手帳申請の準備に明け暮れていただけに、千葉市緑保健福祉センター高齢障害支援課から書留が届いたときはホッとした。中身は身障者手帳に違いない。ついに来たなと思った。

 封を開けると、手帳に貼られた妻の顔写真と目が合った。瞬間、安堵は消えて寂しさと動かしがたい現実が押し寄せてきた。

「とうとう身障者になってしまったか」──障害者を差別する気持ちは毛頭ないが、そのときの心境を正直に打ち明ければこうなる。

 要介護5で、寝たきりで、トイレも食事も人の手を必要とする「全介助」状態なのだから、社会的に見れば間違いなく身体障害者である。でも、私の心の片隅には「回復途上にある病人」という思いがあった。

 申請しておきながら矛盾しているが、「もう一生立って歩けませんよ」と妻が宣告されたような気がして、ちょっと待ってくれよという反発が頭をもたげた。一方で、「しっかり現状を受け入れないとダメだよ」と、現実を突きつけられた感もあった。

 親族や友人・知人に身障者がいなかったこともあり、いやそれは理由にならないが、私は身障者に関する基本的知識に欠けていた。

 実を言うと、生まれつき身体が不自由もしくは交通事故などで身体損傷した人が身障者となるという認識だったので、女房のように病気が原因でそうなる場合を想定できないでいたのである。だから、要介護5に認定されてもしばらくは身障者手帳のことが頭になかった。

 それを気づかせてくれたのが、千葉大学病院のソーシャルワーカーであった。

「この状態が固定され6カ月以上続いたら身障者の申請ができます。身障者手帳が交付されると、それをベースにいろんな助成や優遇が受けられますよ」と、退院時に教えてくれたのだ。

 手帳を持つとどんな得があるのか──。知っていたのは新幹線に安く乗れる(普通乗車券が5割引)とか、タクシー割引(1割引)があることくらい。「面倒な手続きをしてまでもらう必要はない」くらいに考えていたのである。

 考えが変わったのは、ここでも経済的理由からだった。市の「おむつ給付(自己負担1割で現物支給)」を受けたかったのだ。ランニングコストの最大なものがおむつ代で、月6千円を超えていた。問い合わせると、身障者1・2級が給付条件という。ならば申請しようと決めたのである。

 手帳を手にして本当に驚いた。おむつ給付などはごく些末なことで、身体障害者は実にさまざまな面で支援・優遇されているのである。私はこの齢になって初めて、行政の弱者に対する支援の厚さを知った。自治体に生計を助けてもらっている実感を持った。

申請から3週間で手帳は届いた

 申請には指定医の「診断書・意見書」が要る。障害の原因となった病気、現在の身体状況(障害部位、関節の可動域など)など、医師にかなり細かく診断・判定してもらわねばならない。

 ここでいう指定医とは、「身体障害者福祉法第15条の規定に基づく指定を受けた医師」のこと。窓口(区の高齢障害支援課)に問い合わせると、訪問診療に来てくれている先生が認定を受けているという。これならすぐ申請できると思ったが、そう簡単にはいかなかった。

 こうした身体状況に至った原因となる病気を最初に診察した日がいつか、そのときの医師の診断書も必要というのだ。妻の場合、それは救急搬送され入院した千葉大学病院の主治医になる。1年以上前のカルテを当たってもらわねばならない。

 2人の医師の診断書が揃うまでに1カ月近く要したと思う。その間、いつもリハビリに来てくれている理学療法士が、改めて障害の部位や機能を測定して数値化し、そのデータを添えて窓口の緑区・高齢障害支援課に提出した。

 それが2月12日だから、書類をそろえて申請してからで3週間で手帳をもらえたことになる。交付までの期間は人により異なるだろうが、自分としてはスピーディーな印象を受けた。2カ月くらいかかると覚悟していたのである。

 手帳申請の手続きで悩んだのが、手帳に貼る顔写真をどうするか。証明写真は本来、“今の顔”でなければならない。デジカメで何枚も撮ってみたが写真は正直で、やつれた病人の顔がそこにあった。頬はこけ皮膚はくすみ、老婆のようだ。それが現実なのだが、あまりにリアルなのもどうかと思った。

 窓口に事情を説明したところ、元気なころのでいいという。そこで倒れる半年前、甥っ子の結婚式に出たときの夫婦スナップを使った。だから手帳の彼女は真珠のネックレスを首に巻いている。

「ホラ、身体障害者手帳が届いたよ」──手帳が届いた日の晩、当人に見せた。

 いきなり自分の顔が載ったものを見せられ、おぼろげにそれを手帳と認めたふうでもあったが、何の言葉も発しなかった。言わなくても思いは分かる。

「身体障害者手帳なんか欲しくないよ。どうして申請したのよ」

 こんなところだろう。気持ちが分かるだけに、私としても複雑な心境だった。検定試験の合格証でも見せるかのように彼女に見せた自分が、とても情けなく小さな男に思えた。

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