2021年原油価格:「海図のない航海」はどこへ向かうのか(後編)

国際

  • ブックマーク

Advertisement

 前編で述べた様々な「地殻変動」の胎動を足元に感じている原油市場は2021年、どのような油価展開を導くことになるのだろうか。

 中長期的なことはさておき、2021年という区切りで考えると、油価に最大の影響を与える要因は、やはり前述したように「新型コロナウイルス」の動静だろう。

 相場には「期待(予想・噂)で買って、事実で売る」という格言がある。

 2020年11月からの油価上昇をもたらした最大の要因は、「コロナワクチン」の開発、供給開始、実用化が見えてきた、近い将来、世界景気は回復し、石油需要も回復するだろう、という「期待」だ。

 確かにワクチンの開発は着々と進んでおり、英国や米国などでは医療従事者や政府要人たち優先で接種が始まった。

 日本でも、厚生労働省が2021年2月下旬から医療従事者への接種を開始すべく、準備作業に入ったと報じられている。

 筆者は個人的に、日本政府が購入契約において「ファイザー」などの海外製薬会社に「製造物責任」を要求しないという報道が気になっている(2020年8月20日『日本経済新聞』電子版「コロナワクチンの賠償、国が責任」)。

「コロナ」パンデミックという緊急事態への対応として法整備を行い、通常の薬剤許認可プロセスを簡略化して承認・輸入し、仮に健康被害が生じた場合は政府が責任を負う、というのだ。

 おそらく、医療従事者や政府要人、あるいは重症化率の高い高齢者を優先して接種するのだろう。

 その判断は問わないとしても、これでは大多数の「一般の人」に接種することは当分できないのではないだろうか。

 もし健康被害が発生すると、財政負担も政治責任もとめどがないからだ。

 つまり、治験例や実際の接種例が増え、通常の薬剤と同じように製薬会社が「製造物責任」を確約できるまで、すなわち真の意味での「実用化」が実現し、人々が「コロナ」を「インフルエンザ」と同じようなものだと割り切れるようになるまでには、まだまだ時間がかかると覚悟する必要があるのではなかろうか。

 これは、日本のみならず欧米においても同様だろう。

「ステイ・ホーム」規制はもとより「ステイ・ホームカントリー」規制が緩和され、人々が国境を越えて自由に往来するようになるまで、すなわち世界景気が回復し、石油需要が「危機」前に戻るには早くても2021年末までかかると筆者は見るが、如何なものであろうか。

 一方、「コロナ」パンデミックにより「リモートワーク」が珍しいものではなくなった。

 これは「行動変容」の表れで、ポスト「コロナ」の時代にも定着し、結果として輸送用燃料(ガソリン、ジェット燃料、軽油など)の需要が大幅に減少する、と見る向きもある。

 筆者は、人間というものは保守的なもので、自らの意思で大きな「行動変容」を起こすことはないと考えている。

 石油需要に大きな影響を与えるほどの「行動変容」は起こらないのではないだろうか。

 参考までに、興味深い論考を紹介しておこう。

『ロイター』のエネルギー記者ジョン・ケンプは、14世紀のペスト(黒死病)および20世紀初頭のインフルエンザ(「スペイン風邪」)蔓延状況を分析し、感染症はイデオロギーや宗教と同じように貿易・交通のメインルートを通じて広がるため、都市化に代表される現代文明の発達が今回「コロナ」の伝播のスピードと範囲を驚異的に拡大していると指摘した。

 各国政府は「コロナ」パンデミックを抑え込むために、ヒト・モノの移動を制御すべく「ロックダウン」を余儀なくされた。結果、経済活動の一時休止をもたらした。

 では「ポスト・コロナ」の時代になったら、メガシティの人気はなくなるのか、公共交通システムの再デザインが要求されるのか、サプライチェーンは短いものだけにならざるを得ないのか、そして国境を越えたレジャー・交通は一部の人のものになるのだろうか、とケンプは自問し、おそらくすべて「ノー」だろう、と結論付けている(2020年5月23日「Coronavirus is the dark side of an urban interconnected world」)。   

 前述した筆者の見解に近いようだ。

 だが、英国政府の諮問機関である「気候変動審議会」(Climate Change Committee=CCC)は今秋、「2050年排出ネットゼロ」実現のためには、肉・乳製品の摂取量を20%削減すること、あるいはガス・ボイラーの新規購入を止めることなど、一般国民の犠牲も必要だとの提言を纏め、報告している(2020年12月11日『政府審議会で痛感した日本「エネルギーリテラシー」の驚くべき低さ』)。

 この提言は、本稿前編で触れた英国『エネルギー白書』(2020年12月)にも大きく反映されている。

 これは、国家が政策的に一般国民に「行動変容」を迫るものだ。

 人は、自発的には行わなくても、外部からの強制により「行動変容」を行う、行わざるを得なくなる、という事態はありうる。

 だが、それにはそれ相応の時間がかかるだろう。

 少々わき道にそれるが、化石燃料も自然エネルギーも「一次エネルギー」を「持たざる国」である我が国が、菅義偉首相が10月26日に宣言した「2050年排出ネットゼロ(カーボンニュートラル)」を実現するためには、一般国民の「行動変容」という「犠牲」が必要なことは火を見るより明らかだ。

 だが、そのためには、一般国民が「我が国はエネルギーを持たざる国である」という冷徹な事実を認識・納得し、政府が政策的に「行動変容」を求めてくることを受容しなくてはならない。

 政府は、英国政府と同じように、2050年のみならず、2030年あるいは2035年という中間時点における生活のありようについても絵姿を示し、それが「国益」につながる方策なのだとの共通認識を国民に持たせる必要があるだろう。

 ちなみに、英国『エネルギー白書』が「前文(Forward)」「概略説明(Introduction to Energy White Paper)」に続く第1章を「消費者(Consumers)」としているのは、きわめて示唆的だ。

 なお、第2章以下は次のようになっている。

第2章 電力(Power)

第3章 エネルギーシステム(Energy system)

第4章 建物(Buildings)

第5章 産業用エネルギー(Industrial energy)

第6章 石油・天然ガス(Oil and gas)

用語集(Glossary)

参照文献(References)

 いずれにせよ、国民に「行動変容」をさせることは決して容易なことではない。

だが、2021年は、我が国がこの難路に足を踏み出す第一歩の年となるのではないだろうか。いや、すべきではなかろうか。

「OPEC」内の「すきま風」

 さて、本題の「2021年原油価格」である。

 結論を言えば、「コロナ」の収束時期については、前述したように、筆者は早くて2021年末と見る。市場は「期待」から、おそらく2021年後半から回復基調に戻るであろう。

 では、「コロナ」以外に影響を与える要因は何だろうか。

 筆者は、次の4点について考えてみたい。

 すなわち

(1)「OPEC」内の「すきま風」

(2)「OPECプラス」の結束

(3)シェールの生産動向

(4)需給バランス

 である。

 まず「OPEC」内の「すきま風」について。

 これは「盟友関係」にあるサウジアラビア(サウジ)とUAE(アラブ首長国連邦)の潜在的対立に象徴されている。

 本欄『サウジ・UAE「盟友関係」微妙な「すきま風」と腹の底』(2020年11月24日)でも報告したように、UAEの不満の背景には「座礁資産」となることを避けるべく地下資源を早期に現金化したいという意向、2019年1月に脱退したカタールと同様、石油政策においてサウジの言いなりになることへの不満があったものと思われる。

 これらの不満の根底には、UAEが徐々に生産能力を拡大しているという事実がある。少々、細かくなるが説明しておこう。

 UAEは現在400万BD(バレル/日)の生産能力を保持している。そして2030年には500万BDに拡大すべく、向こう5年間で1220億ドルの投資を決定している。同時に、保有埋蔵量も220億バレル増加した、と発表した。(『FT』2020年11月23日「Abu Dhabi boost oil reserves with 22bn barrels find」)。

 だが、2020年4月、「OPEC(石油輸出国機構)プラス」が歴史的な970万BDの「協調減産」に合意したとき、各国の減産幅=「生産枠」決定の基準としたのは、2019年1月以降の「協調減産」同様、「2018年10月生産実績」だった。

 UAEの基準量は316.8万BDで、5月以降の「生産枠」は243.9万BDとなった。生産能力を400万BDだとすると、「余剰生産能力」は約150万BDもあることになる。

 ところがサウジは「2018年10月生産実績」ではなく、ロシアと同一の1100万BDを「みなし」基準とし、生産枠は850万BDとされたのだ。生産能力は1230万BDだから、「余剰生産能力」は380万BDになる。

 UAEを含む他メンバーは「2018年10月生産実績」、かたやサウジは「みなし」の1100万BD。

 この「基準」に対する「ダブルスタンダード」への不満が根底にあるのではなかろうか。

 確かにサウジは十分な「余剰生産能力」を持ち、その気になれば1100万BD以上の生産が可能だ。現実に、大幅値下げと大増産により「石油価格戦争」を仕掛けた直後の2020年4月には、前月比155.3万BD増の1155万BDを生産している。だが、ロシアを除く他産油国の「基準」である「2018年10月生産実績」は1063万BDでしかなく、過去において年間平均で1100万BD以上の生産をしたことはない。

 ちなみに、「余剰生産能力」を持たないロシアは、2018年10月のコンデンセート(あるいはNGL=天然ガス液)を含んだ石油生産量は1160万BDだった。つまり「協調減産」の対象となる(コンデンセートを含まない)原油生産量は1080万BD程度だったと推測できる。

 なお、ロシアの「原油生産量にコンデンセートを含めない」ということは、アブドラアジーズ・ビン・サルマーン(ABS)王子がエネルギー相に就任して初めての「OPECプラス」会合で合意されたものだ(2019年12月9日『「OPEC総会」「プラス」減産合意報道の落とし穴』)。

 この時の「OPECプラス」会合で、王族であるがゆえに説得術を持つ必要がなく、「オレの言うことを聞け」と言わんばかりのABS大臣との「最初」の交渉にロシアが「合意」したのは、「コンデンセートを原油とみなさない」との言質を勝ち取ったからだった。ロシアにとって、約80万BDの増産が認められたのと同様の効果がある合意だった。

 ところが、2020年3月の「OPECプラス」では何の対価もなかった。故に、ロシアはサウジの「追加減産」提案に対し「減産横ばい」を主張し続け、これにABS大臣が「怒って」「石油価格戦争」を始めた、というのが筆者の理解である。

 なお、ロシアに「余剰生産能力」がないことは、サウジが「石油価格戦争」を仕掛けた翌月、2020年4月の原油生産量(コンデンセートを含まない)が1068万BDで、前月比5.4万BD増に過ぎなかったことからも読み取れる(以上、特に言及していない限り、生産量データはすべて「OPEC月報」による)。

 前述したように徐々に生産能力を拡大しているUAEは、「OPEC」の石油政策がサウジの一存によって決められていることにいら立ちを覚え始めているのではないだろうか?

 翻って考えるに、サウジと比べると自国民人口が少なく、統治する国土面積も小さいUAEは、サウジが「脱石油化」を目指した「ビジョン2030」で掲げている目標に似たようなことをいち早く実現している。

 たとえばUAEの一構成国ドバイは、今でも「ドバイ原油」が中東産原油の指標の一部をなしているように、かつては40万BDほどの産油国だった。だが埋蔵量に限界があることから将来の生産量減退を認識し、いち早く「脱石油化」を志向した。結果、生産量が10万BDを割り込んだ今では、すでに中東の貿易・ファイナンス・交通のハブとなっており、「脱石油化」を実現している。

 さらにUAEのリーダー首長国であるアブダビでも、エネルギー分野だけをとっても様々なことを実行している。

 石油収入を最大化し「脱石油化」を促進する資金を得るべく、保有埋蔵量増加を目指した探鉱鉱区の国際入札を実行、国内原油パイプラインの使用権の過半数弱を外資に売却して現金化、さらには精製販売部門において外資とJVを組む形で資産の現金化を図っている。

 また、輸出に回す石油量の増加を目指して電源燃料を脱炭素化すべく、湾岸アラブ諸国初の原子力発電所を2020年8月に稼働させており(140万KW)、太陽光も、世界最安値で合計2GWの発電能力をすでに保持している。

 さらに、「エネルギー移行」の時代に化石燃料を有効活用するために必須の「CCUS」(二酸化炭素回収使用貯蔵)の導入拡大にも積極的で、現在80万トン/年のCO2を「EOR(Enhanced Oil recovery=原油増進回収法」に使用しているが、これを500万トン/年にまで拡大する方針だ。

 加えて、湾岸アラブ諸国の先頭を切ってイスラエルとの国交正常化に乗り出したのは、イスラエルのITハイテク技術を導入することによって、宇宙開発を含む技術大国化を目指した動きだとも言えるのではないだろうか。

 これらはすべて、サウジには似たような「計画」はあるものの、まだ実行できていない分野だ。

 つい最近、サウジが原油輸出極大化を目指して計画した「非在来型」(シェール)大型ガス田開発に関する入札を「中止」したことがその一例だろう。

 これは、世界最大のガワール油田近隣のジャフラ鉱区に200TCF(兆立方フィート=年間100万トンのLNG=液化天然ガス=を200年間生産可能な量)の非在来型ガスが胚胎しており、総額1100億ドルを投じて、第一フェーズで11億立方フィート/日(LNG換算約840万トン/年)の天然ガスと、随伴NGL(コンデンセート)を55万BD生産しようという壮大なプロジェクトだった(『Upstream』2020年12月23日「‘Major setback’ : Saudi Aramco cancels tender for huge Jafura unconventional gas package」)。

 2020年春からの油価低迷による財源不足から、「中止」を余儀なくされたのだ。

 UAEの中核首長国であるアブダビのムハンマド・ビン・ザイード(MBZ)皇太子は、「ビジョン2030」を掲げて「脱石油化」を目指しているサウジのムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)皇太子の「メンター」だと目されている。

 さはさりながら、何と言ってもサウジはアラブ世界の大国だ。サルマーン国王は「二聖モスクの守護者」であり、イスラムの盟主である。UAEもメンバーの一員である「GCC」(湾岸協力会議)のリーダーでもある。

 両国の「力」の差は明確で、これまでUAEは、おおよそ外交政策に関してはサウジの意向を重視し、同一歩調を取ってきている。

 だが、前述した各種事情からUAE内部で、こと石油政策に関してサウジに盲従すること、そして「OPEC」メンバーでいることが長期的国益に合致しているのか、という疑問が生じたとしても無理からぬことだと思うのは筆者だけだろうか。

 これが「OPEC」内に生じている「すきま風」の一例である。

「OPECプラス」は結束を維持しうるのか

 他にも問題は山積みである。

 サウジと共に「OPEC」を創設したイラン、イラク、ベネズエラもそれぞれ難題を抱えている。無風に見えるのはクウェートだけだ。

 冷静に考えると、「欠乏」から「余剰」に変化した時代に、サウジが「余剰生産能力」を保持することだけで「OPEC」に存在意義があると言えるのか、疑問が残る。

 この根本問題がいずれ表出し、「OPEC」そのものの役割・存在意義について再考を要求される日がくるのではないだろうか。

 また、蜜月を演じている「OPECプラス」の中核であるサウジとロシアの間にも根本的な対立要因がある。

 それは「望ましい原油価格水準」に対する見解の相違である。

 これが「OPECプラス」の結束を弱めることにつながるリスクを筆者は懸念している。

 2020年3月に「協調減産」が崩壊したのは、4月以降の減産幅を巡って意見が対立したためだ。油価を70ドル程度に上げたいサウジに対し、2020年国家予算を前提油価42ドルで組んでいるロシアは、当時の価格水準以上に大幅に引き上げても、「協調減産」の果実は2017~2019年同様、米シェールが独り占めするだけだとして反対したのだ(「OPEC総会」前日の3月4日「NYMEX」WTI終値46.78ドル)。

 ロシアにとっても油価上昇は望ましいことだが、あくまで米シェールに市場シェアを奪われない水準であることが必須なのだ。

 なお2020年12月末、ロシアの「OPECプラス」担当アレクサンドル・ノヴァク副首相(前エネルギー相)は、望ましい価格水準は45~55ドルだと語っている(『ロイター』2020年12月25日「Novak says Russia backs OPEC+ 500,000bpd oil output hike from February」)。

 サウジは2020年、500億ドルの赤字予算を組んでおり、「IMF」(国際通貨基金)は、サウジが当該赤字をなくすためには83ドルの油価を必要としているとみていた。

 だが2014年末以降、80ドルに達したことはなく、サウジも2018年に実現した70ドル水準を求めていたようだ。

 ちなみに、2020年財政収支は500億ドルでは収まらず、794億ドルの赤字となる見通しだ。

 このほど発表されたサウジの2021年国家予算は、歳出2639億ドル、歳入2263億ドルで、376億ドルの赤字である。当該赤字をなくすために必要な油価について「IMF」は67.90ドルだと分析していると『ロイター』が伝えている(『ロイター』2020年12月16日「Saudi 2021 budget cuts spending after deficit spike on oil, Covid-19」)。

 やはり、サウジにとって望ましい価格水準は70ドル前後なのではなかろうか。

 一方、ロシアの国家予算前提油価は、図―6のように、2018年から2023年まで40ドル台前半で組まれている。これが、前述したノヴァク副首相の発言の背景にあるのだろう。

 このように、ロシアとサウジの「望ましい原油価格水準」が大きく異なる構図は当分のあいだ続くだろう。これが今後「OPECプラス」結束ほころびの素になるのではなかろうか。

 さらに、サウジから2020年夏「減産枠」を10万BD程度超過生産したことを責められたUAEは、2020年12月の「OPECプラス」の協議の場で、全参加国の「減産枠」完全遵守と、超過生産した場合の「補填減産」を強く求めた、と報じられている。超過生産している国の中にはイラク、ナイジェリア、カザフスタンと並びロシアも含まれている。

 2021年1月以降、毎月(「コロナ」でオンライン会議が一般的になったことで可能となった)「OPECプラス」の会合を開き翌月の「減産幅」を協議することになっているが、どのような展開になるのだろうか。

 まずは1月4日の会合だ。

 ロシアは、2月以降50万BDの減産緩和(基準対比▲670万BDから▲720万BDへ)を支持しているとのことだが、各国の生産実態はどうなっているのだろうか。背に腹は代えられぬと、イラクやナイジェリアが超過生産していた場合、UAEがどう反応するのか、サウジはどうするのか?

 今後「OPECプラス」の結束を維持しうるのかどうか、興味津々である。

シェールは増産基調に戻らない

 さて、次は「シェールオイル」の生産動向だ。

 まず、図―7をご覧いただきたい。

 米国のシェールオイル生産量は、2020年3月の「危機」以降、タイムラグを置いて減産となり、3月の823.5万BDから6月には627.8万BDにまで約200万BD落ち込んだ。それから少しずつ回復し、9月は721.4万BDとなっている。

 では、2021年はどうなるだろうか。

 ここで重要になってくるのが、「DUC」(掘削済み未仕上げ坑井)の存在である。

 表―3に見られるように、2020年7月以降、生産が上向いているのは、新規掘削によるものではなく「DUC」からの生産開始と見るべきだからだ。

 参考までに、掘削済み坑井(Spudded wells)、仕上げ済み坑井(Completed wells)および生産開始坑井(Started wells)のそれぞれの坑井数の推移を示した図―8を添付しておこう。

 掘削済み坑井が生産開始坑井より多い場合は、近い将来増産となり、逆の場合は減産となることを示している。

 したがって、図―8の読み方としては、2020年3月以降「近い将来」減産となり、それ以降は減産が続くはずなのだが、現実には前述したとおり、6月がボトムで7月以降は増産となっている。これは「DUC」坑井の仕上げ作業が行われ、生産が始まっていることを示している。

 上の図―9が示しているのは、「OPECプラス」の協調減産が始まった2017年1月以降「DUC」坑井数が増加基調となり、5000台から2019年初めには8000台に増加しているということだ。

 グラフはないが「EIA」(米国エネルギー情報局)が毎月公表している『Drilling Productivity Report』によると、「DUC」は2019年7月に最多の8364坑井となり、2020年1月は7859坑井、以降7月まで7800坑井台で、8月から減少し始め、11月には7330坑井となっている。

 では、将来の増産につながる生産開始坑井の動向をどう読めばいいのだろうか。

 それには、「リグ稼働数」の動きが指標となる。

 図-10は、シェールオイルのみならず原油生産全般にわたるグラフだが、リグ稼働数は2020年3月27日の683基をピークに激減し、若干上向いてきたとはいえ、12月4日段階ではまだ246基にすぎないことが分かる。

 シェールオイルは生産期間が1~2年と短く、生産水準を維持するためには毎年のように新規掘削、生産開始を継続していく必要がある。シェールオイルの生産量を2019年水準で横ばい維持するためには、少なくとも600基以上のリグが稼働していなければならないと言われている。

 12月4日現在の246基では、生産横ばいを維持することは困難で、おそらく減産基調が続くだろうと読める。

「EIA」も、シェールオイルは当分のあいだ増産基調には戻らないと判断し、表―4のとおり2021年の原油生産量は2020年を下回るだろうと予測している。

 もちろん油価が高くなれば、シェール業者も増産すべくリグ稼働数を増やし、生産開始坑井を増やすことになる。

 では、シェールオイルの生産コスト採算分岐点はいくらなのだろうか?

 筆者は、『FT』が2020年5月にシェール業者に聞き取り調査して報じた記事から、平均すると45~50ドルではなかろうか、と判断している。

 これは、2020年3月初旬、ロシアがサウジの「追加減産」提案を拒否したときの言い分、すなわち「協調減産」により油価をある一定水準以上に押し上げると「果実」(マーケットシェア)はすべて米シェールに奪われてしまう、という言い分と合致しているのではなかろうか。

 当時の油価は、1月平均57.53ドル、2月平均50.54ドルであり、3月初旬は47~48ドル水準で、ロシアの国家予算前提油価は42ドルだった。

 もちろん、この『FT』の聞き取り調査から半年以上が経過しており、若干のコスト削減がなされていると思われる。だが、2014年末の大暴落に対しレジリエンス(強靭性)を示したときの技術革新(マイクロサイスミック、パッドドリリング等)のような大規模なコスト削減の余地はほぼなくなっているため、さほど大きな影響はないのだろう。

 唯一、考えられるのは、シェール業者の淘汰・統合が進み、生き残った大手シェール生産業者が「マス」のメリットを生かしてコストダウンに成功することだろう。大手なら、AI導入の効果も期待できるし、水平掘削の距離を延ばすことも可能だ。

 また、多くのシェール業者が新規掘削・生産開始を決断するためには、外部資金を手配するためにも価格ヘッジが必要だということも考えておくべきだろう。

 採算分岐点が平均45~50ドルだとすると、1年ほど先の油価が45~50ドル以上になっていなければ有意なヘッジができないことになる。だが、筆者が観察している限り、2020年3月の「危機」以降、NYMEXのWTIの1年ほど先物価格が45~50ドルレンジを越えたことは一度もない。

 したがって、生産コストが平均より安い坑井の新規掘削、生産開始は可能でも、全体としては増産基調に戻るほどのことはない、と筆者は判断している。

イラン原油「輸出解禁」の可能性

 最後に、需給バランスについて考えてみよう。

 図―12として「IEA」(国際エネルギー機関)の予測グラフを、図―13として「EIA」の予測グラフを参照されたい。

 なお、「OPEC」は同じような予測グラフは作成していない。世界の需要量と、非「OPEC」生産量および「OPEC」コンデンセート=NGL生産量を予測し、引き算をして残った数量が「OPEC原油への需要量+/―在庫変動」だとしている。

 グラフを見ると、「IEA」「EIA」の両者とも、2021年央から需要が供給を上回ると予測している。

 だが、これらにはいくつか落とし穴がある。

 1つは、2021年の需要予測が「表―6」のように、発表時点の「コロナ」の状況で大きくぶれることである。需給バランスのグラフはないが、「OPEC」のデータについても併せて記載しておこう。

 ここに紹介した需給バランス見通しは、それぞれの『月報12月号』(中旬発表)に記載されているもので、当時のワクチン開発への期待が大きく作用しているものと思われる。今後、たとえばウイルス変異種により「コロナ」感染再拡大のスピードがさらに増すと、世界景気および石油需要の回復見通しもスローダウンする可能性があることに留意が必要だ。

 なお、需要予測について筆者は、データが正確で、もっとも早く開示される「EIA」の『Weekly Petroleum Status Report=石油週報』が先行指標として有効だと判断している。

 米国の消費量は世界全体の20%に相当しており、消費パターンが「先進国」的と言えるので、その他先進国でも同じような推移となると考えられるからだ。

 2020年3月の「危機」発生前後の前年同期比データをグラフ化すると図―14のようになっており、やはり「コロナ」の影響を大きく受けていることが一目で分かる。

 石油製品(青線)合計もガソリン(赤線)も「コロナ」の鎮静化・再燃で上下しており、ジェット燃料(灰色線)も同様だが、一段と落ち込みが激しいのは、世界各国の「ステイ・ホームカントリー」規制がまだまだ継続していることの反映と判断できる。

 そして忘れてはならないのが、2020年春、需要が崩壊する一方でサウジが大増産したことにより積みあがった膨大な在庫の存在である。

「OPEC」は2014年末の大暴落以来、「OECD」(経済協力開発機構)の商用在庫が「過去5年平均」にまで下がることを「リバランシング」(需要と供給が均衡すること)達成の目標としてきた。

 このデータによると、2020年10月時点で31億4500万バレルの在庫を抱えており、これは過去5年平均対比2億30万バレル多い水準だ。

 この2億30万バレルは、いずれ「供給」される。

 前述したとおり、「IEA」および「EIA」は2021年央には需給がバランスするとみている。意味するところは、「供給量」と「需要量」が均衡する、ということだ。

 2億30万バレルの在庫を6カ月間で供給すると、平均100万BD以上となる。

 つまり、在庫取り崩しが2021年前半ではなく後半になるとすると、2021年後半は「供給量=生産量+100万BD」となるはずだ。

「EIA」グラフでは、2021年後半の在庫減は微小で、100万BD以上になっているとは見えない。

「IEA」グラフでは、100万BD以上の在庫が減少しているようだが、供給量全体がほぼ横ばいとなっているのはつじつまが合わない。グラフ注にあるように、「OPECプラス」が合意している減産(当該発表時点では、2021年1月から2022年4月まで▲580万BD)を完全に履行する前提だ。他産油国で大きな「減産」となるところは見当たらない。したがって、供給量はもっと上向くはずだ。

 結局のところ、「EIA」グラフも「IEA」グラフも、供給量に「在庫」からの供給が加算されていないようなのだ。

 これらのことから、筆者は「リバランシング」達成は、おそらく2021年末ごろとなると判断している。

 さらに、両機関の「予測」に織り込まれていない要因がある。

 イラン原油が輸出解禁となる可能性だ。

 ご存じのように、ジョー・バイデン次期大統領は選挙戦の最中、「イラン核合意」への復帰を唱えてきた。「復帰」は当然、イラン原油輸出禁止の制裁解除につながる。過去の経験から、制裁解除から3~6カ月後には100~200万BDの供給増となる可能性があると言える。

 バイデン候補が勝利したことを踏まえ、イラン政府はすでに「NIOC」(イラン国営石油)に対し、増産準備の指令を出している。

 筆者は、イランの大統領選が2021年6月に予定されていること、バイデン次期大統領の優先事項は「コロナ対策」に加え「2050年排出ネットゼロ」に代表される「気候変動」対策だと考えられるので、制裁解除は早くても2021年夏以降、イラン原油が市場に出回るのは秋から年末になるのでは、と判断している。

 もっとも、相場は「期待で買われる」ものだから、市場への影響は制裁解除されるころには出てくるだろう。

上値の重い展開となる

 以上、述べた各種要因を勘案すると、「コロナ」収束時期など不確定要因は多々あるが、「2021年原油価格予測」に関する筆者の結論は次のとおりとなる。

「コロナ」の本格的収束は2021年末、早くても後半となるとみる。

 したがって、世界景気および石油需要が「危機前」に回復するのも2021年末、早くても後半。

 一方、「OPECプラス」の減産は、2021年1月以降2022年4月まで2018年10月対比▲580万BDの計画となっていたが、前回の「OPECプラス」の合意で、1月は50万BD緩和の▲720万BD、2月以降は毎月検討の上、新たに合意する、ただし最大50万BDの緩和、となっている。

 前に引用した『ロイター』報道にあるように、2月はロシアが「支持」していることから、おそらく50万BD緩和の▲670万BDとなるだろう。3月以降は不透明だ。

 つまり、少なくとも「OPECプラス」としては当分のあいだ、潜在的「余剰生産能力」が少なくとも580万BDある、ということだ。

 さらに、100~200万BDの「余剰生産能力」を持つイラン原油の市場への復帰は、おそらく2021年末だろうが、市場は「期待」で先取りし、織り込むだろう。

 また、需要回復の匂いがしたら、「余剰生産能力」を持つ他の「OPECプラス」産油国は、シェア確保のため合意破りの増産をするのではないだろうか。

 そして、もし、油価が45~50ドルを超えて推移するようになると、シェールの新規掘削が増え、増産基調に入るだろう。

 このように、将来の可能性としては、需要増には限界があるが、供給過剰となる余地は大いにあるのではなかろうか。

 あれやこれや総合勘案すると、現在、思いつかない想定外の事態が発生しないかぎり、相場の常としてオーバーシュートはあるものの、WTI 45~50ドルを天井とする、上値の重い展開となるのではなかろうか。

 はてさて、来年の今ごろはどのような反省をしているのだろうか。

岩瀬昇
1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?  エネルギー情報学入門』(文春新書) 、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (同)、『原油暴落の謎を解く』(同)、最新刊に『超エネルギー地政学 アメリカ・ロシア・中東編』(エネルギーフォーラム)がある。

Foresight 2021年1月6日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。