英国「ラスプーチン」を失脚させた「官邸内戦」と新たな「権力者」

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 英国の2021年は、混乱と不安の中で幕を開けた。欧州連合(EU)との自由貿易協定(FTA)交渉は、年末の12月24日に合意に達したものの、今後どのような影響が出るか不透明なままである。加えて、新型コロナウイルスの変異株が見つかったことで、欧州各国は12月20日から英国との往来を次々と遮断し、FTA交渉の結果が出る前から、英国は孤立を味わうことになった。

 そのような状況に陥る直前、英国の政権内部にも波乱が起きていた。官邸で「内戦」とも呼ばれる権力闘争が勃発し、その結果これまで政権のすべてを差配してきた首相首席特別顧問ドミニク・カミングズが失脚したのだった。

 英国の混迷は深まるばかりである。

騒ぎの発端はストラットンの就任

 カミングズのこれまでの軌跡は、すでに本欄『「英国のラスプーチン」カミングズ「政権の中枢」への道程と目的(上)(下)』(2020年6月19日)などで触れた通りである。

 選挙や投票キャンペーンを仕切って負け知らずの戦略家として、2019年7月のジョンソン政権誕生とともに官邸入りした。12月の総選挙を指揮して与党保守党を大勝利に導き、今年1月には晴れてEU離脱も実現させた。腹心の元大衆紙記者リー・ケインを官邸広報部長に据えてメディアとの関係を仕切るほか、側近や協力者を次々に官邸に呼び込み、閣僚人事を左右し、政権を牛耳って「英国のラスプーチン」「陰の副首相」と呼ばれた。

 首相ボリス・ジョンソンの彼に対する信頼は厚かった。カミングズがロックダウン突入直後の3月末、移動規制に違反して故郷までドライブしていた事実が後に発覚し、世論の大きな批判を浴びた時も、ジョンソンはとがめようとしなかった。

 しかし、その関係が11月、突然途切れたのである。その経緯は、英国で一般的にこう理解されている。

 カミングズは、官邸スタッフのトップにあたる参謀長に、腹心のケインを就けようとした。しかし、ジョンソンは賛成せず、つむじを曲げたカミングズは官邸を去った――。

 全くの間違いではないものの、実際のいきさつはずっと複雑なようである。

 騒ぎの発端は10月8日、英首相官邸の新たな報道官に、40歳の女性アレグラ・ストラットンが就任したことだった。ストラットンはジャーナリスト出身で、『ガーディアン』や『BBC』の政治記者、民営局『ITVニュース』の国内部長を務めた後、保守党に入って2020年春に財務相リシ・スナックの広報役に就任した。彼女の助言を受けたスナックが急速に大衆人気を得た様子に、ジョンソンは以前から注目していたという。彼女の夫は、かつてジョンソンも編集長を務めた保守系高級誌『スペクテイター』の政治部長で、若手政治評論家として売り出し中のジェームズ・フォーサイスである。

 官邸は、米ホワイトハウスの報道官にならい、彼女を1月から毎日テレビに出演させようと考えていた。

 背景には、米国型の広報を導入して発信力を強め、コロナ対策の失敗とFTA交渉の迷走によってすっかり落ち込んだ政権支持率を回復しようとする官邸の思惑があった。発案者は、広報部長のケイン自身だったといわれている。『デイリー・メール』によると、彼やカミングズは、その役目として『BBC』の政治記者エリー・プライスを考えていたが、ジョンソンが選んだのはストラットンだった。

 新報道官のストラットンは、上司のケインを通じないで首相ジョンソンと直接やりとりできる地位を求めた。英官邸ではカミングズらごく少数の幹部だけに認められる権利だが、首相の意向を正確に伝えるうえでは当然の要求だった。官邸に入ったばかりなのに急速に影響力を強めたストラットンは、官邸とメディアとの関係を抜本的に改善する必要性も訴えた。

カミングズ牽制役の勇退

 官邸ではこの頃、もう1つの人事が進んでいた。首席戦略顧問エディ・リスターの勇退である。

 リスターは、ロンドン市長時代のジョンソンに副市長として仕え、官邸に引っ張られてからは穏健な長老格としてスタッフの信頼を集めて、独断に走りがちなカミングズを牽制する役目を果たしていたが、すでに71歳を迎えていた。彼の引退の代わりとして、保守党内部の有力者たちは、空席だった参謀長ポストの復活をジョンソンに求めた。その要求を、ジョンソンも断り切れなくなっていた。

 参謀長は、労働党のトニー・ブレアが首相に就任した1997年に設けられたポストで、政治任命だが通常は元官僚が務める。ブレアは、初代参謀長のジョナサン・パウエルを巧みに操ることで、北アイルランド和平を実現させた。以後官邸の主要ポストとなったが、ジョンソン政権では首席特別顧問のカミングズと首席戦略顧問のリスターがその役を果たしたため、空席となっていた。

 こうした状況下、ケインが参謀長に昇格する案が急浮上した。その経緯については諸説ある。

 『デイリー・テレグラフ』によると、ケインは11月上旬、広報部長の辞任を自ら申し出たという。ストラットンが官邸の「顔」となり、新たな参謀長が就任するとなると、自分自身は蚊帳の外に追いやられそうだったからである。ジョンソンは狼狽し、ケイン自身を参謀長に抜擢すると告げた。

 また、『サンデー・タイムズ』によると、カミングズがコロナ対策にかかりっきりになり、官邸のスタッフの統率が緩まったと考えたジョンソン側から、ケインに昇格を打診したという。ジョンソンとケインとは「嗜好が似ている」と言われ、関係も極めて良好だった。

 いずれにせよ、ケインは後の退任声明で、ジョンソンの申し出を「名誉なことだった」と振り返っている。

 オックスフォードやケンブリッジ出身者ばかりの高級官僚の間にあって、ケインは特異な経歴の持ち主である。名門とは言いがたい英中部のスタフォードシャー大学を出て、『サン』『デイリー・ミラー』などゴシップ大衆紙を記者として渡り歩いた後、EU離脱の是非を問うた2016年の国民投票で「離脱キャンペーン」に放送の責任者として加わった。

 そこで事務局長だったカミングズに評価され、昨年7月のジョンソン政権発足と同時に官邸入りした。何より忠誠心が強いことで有名だったが、社交的とは言いがたく、裏方向きの人物だった。あだ名は「ケイン博士」。米国務長官マイク・ポンペオが訪英した際にケインを間違えてドクターと呼んだことに由来するという。

 しかし、エリート色の強い保守党内で彼は「労働者階級の出」と揶揄され、「オックスフォードを出ないで要職に就いた」「(ジャーナリストとして)『BBC』にいたわけでもないのに」と陰口もたたかれていた。その彼を参謀長にするというのである。人事情報が漏れると、当然ながら党内で猛反発が起きた。穏健でバランスの取れた古き良き保守党になじんだ議員たちは、カミングズやケインのような過激な若手改革派が政権を振り回すことに、普段から我慢がならなかったのである。

 加えて、この人事案に官邸内で拒否権を発動する人物も現れた。それが何と、ジョンソンの婚約者、私生活上のパートナーであるキャリー・シモンズだった。

キャリーとケインの対立

 キャリー・シモンズは1988年生まれ、まだ32歳の一見陽気な女性である。

 父は英紙『インディペンデント』(現在はオンライン紙)の共同創業者マシュー・シモンズだが、彼と妻との間の子ではなく、彼が同紙の弁護士の女性との間にもうけた子である。母親のもとで育てられ、名門ウォーリック大学で美術史と演劇学を学んだ。女優を目指したが成功せず、広報担当者として保守党の事務局に入り、2018年には広報部長に就任した。当時外相だったジョンソンとつきあい始めたのもその年だと言われ、2019年7月の首相就任時には一緒に官邸に入り、共同生活を始めた。

 ジョンソンが前妻マリーナとの離婚を巡って合意に達したのは2020年に入ってからだったため、キャリーはメディアで「婚約者」と称されるようになった。2020年4月には、ジョンソンとの間に男児を出産した。

 キャリーとケインの対立には、伏線があった。まだジョンソンが首相に就任する前の2019年6月、ジョンソンとキャリーが自宅で大げんかを繰り広げた。ジョンソンがソファに赤ワインをこぼしたのがきっかけで、怒り狂ったキャリーはジョンソンに「出て行け」と言い放ったという。その騒ぎが近所に漏れて、パパラッチが集まる事態になった。

 その直後、ジョンソンとキャリーが逆に仲良く戸外で食事をする写真が、メディアに掲載された。保守党の党首選を1カ月後に控え、仲直りの様子を見せようとキャリー自身がリークしたと言われる。

 これに、ジョンソンの広報役だったケインが憤慨したという。リークは、彼の許可を得ていなかった。以来、2人は反目し合うようになった。

 ケインの参謀長就任には、ストラットンも反対だったという。ストラットンは元々、キャリーと仲が良く、ストラットンの採用はキャリーがジョンソンに働きかけたとも取りざたされる。

 『サンデー・タイムズ』によると、ジョンソンとキャリーが11月4日、ストラットン夫妻を昼食に招いて話をした際、ケインの参謀長昇格案をジョンソンがほのめかした。2人の女性は猛反対だった。ケインの広報戦略が非効率的であること、ケインとカミングズに牛耳られる官邸がマッチョ体質に陥っていること、などを2人は指摘したという。

 これを境に、官邸は「チーム・ドン」(ドンはドミニクの略称)と「チーム・キャリー」に分裂した。非難とリークの合戦を繰り広げ、『スペクテイター』誌編集長のフレイザー・ネルソンはこれを「内戦」と呼んだ。

 「チーム・ドン」は「離脱キャンペーン」出身者たちで、「ブレグジット・ボーイ」と呼ばれる強硬な反EU派の若手が多く、閣内の大物であるランカスター公領相兼内閣府担当相のマイケル・ゴーヴが彼らを支えていた。キャリーに対して「自宅からワッツアップのメッセージで政府を操っている」などと批判を展開した。

 また、彼らはキャリーを陰で「ナットナット姫」(プリンセス・ナットナット)と呼んで馬鹿にしていた。ナットはもちろんナッツのことだが、最初のナットは俗語で「クレージー」の意味。2つ目のナットは、キャリーの容貌がリスに似ていたことに由来するという。リスはナッツを好んでかじるからだろう。このあだ名を耳にしたジョンソンは随分お冠だったという。

 なお、2014年には大韓航空の副社長が搭乗した機内で提供されるナッツに難癖を付け、旅客機を搭乗ゲートに引き返させた「ナッツ姫」事件が起きたが、あまり関係はなさそうである。

 一方、「チーム・キャリー」には、ストラットンらのほか、カミングズに反発する保守党の穏健派古参議員らも結集した。ケインとカミングズを「狂ったムッラー(イランなどでのイスラム教聖職者)たち」と呼び、攻撃した。

 『サンデー・タイムズ』によると、ジョンソンは11月11日、ケインの参謀長昇格人事について、ケイン自身と執務室で打ち合わせをしていた。その途中、「ジョンソンにとって最も大事な2人の女性の1人」のスタッフから連絡が入った。女王エリザベス2世である。この日水曜日夕は女王が首相と会見する時間にあたっており、本来なら首相がバッキンガム宮殿に出むくはずが、新型コロナの流行以来リモートワークとなっていた。ケインはその場を外した。

 しばらくして戻ってみると、ジョンソンは「最も大事な2人の女性」のもう1人とも会話を交わした後だった。言うまでもなくキャリーである。その様子から、キャリーが人事に反対し、自分には勝ち目がないことを、ケインは悟ったという。

 ケインはこの日、

 「注意深く検討した結果、官邸の広報部長を辞任する」

 とメディアに述べた。ジョンソンはこれを受けて、

 「彼は真の協力者であり友人だ。大変残念だ」

 と述べた。

「これは終わりの始まり」

 ケイン辞任に危機感を抱いたカミングズは、ジョンソンに対し、自らと、子飼いの官邸スタッフ数人の辞任をちらつかせたと伝えられている。これは、明らかな脅しだと受け止められた。ジョンソンの態度は「やってみるならやってみろ」だったという。

 『サンデー・ミラー』によると、2人の間はすでに以前から冷え込んでいた。カミングズはジョンソンについて、

 「新型コロナに感染して入院して以来、彼は腰抜けになった」

 などと漏らし、それがジョンソンの耳に入っていた。

 カミングズの脅しに対抗して、スタッフの引き留め工作が始まった。11日夜、ジョンソンは官邸幹部に命じて「チーム・ドン」に属するスタッフらに電話をかけ、自分に従うかカミングズに従うかを迫った。

 結果は明らかだった。対EU首席交渉官のデイヴィッド・フロスト、ブレグジット政策顧問のオリバー・ルイス、データサイエンティストのベン・ワーナーといったカミングズ派の人物は次々とジョンソンになびき、官邸にとどまる選択をした。

 ケインが辞任するという時点で、すでに「これは終わりの始まりだ」とのささやきが広がっており、カミングズの求心力の衰えをスタッフらは着実に読み取っていた。英国の真の権力はやはりジョンソンにあり、カミングズはそれを委託されていたに過ぎない。ラスプーチンは、主君の信頼を失うとラスプーチンたり得ないのである。

 カミングズ自身は13日に辞任した。午後4時42分、彼は官邸前で待ち構える報道陣の前に、私有物を詰め込んだ箱を抱えて登場した。そのわざとらしい姿には、彼の不満といらだちをアピールしようとする意図が顕著に浮かんでいた。「英国のラスプーチン」と呼ばれた男は、最後にはすねた男を演じる大根役者に成り下がっていた。

 『デイリー・テレグラフ』によると、彼は去り際にジョンソンを「優柔不断」と批判し、

 「マイケル・ゴーヴに期待をかけておけばよかった」

 と捨て台詞を吐いたという。

 結局、カミングズとケインに従って官邸を去ったのは、「離脱キャンペーン」時代から寄り添ってきた優先事項キャンペーン担当のクレオ・ワトソンだけだった。ワトソンはモデルと見間違うスタイルを誇る31歳の長身女性で、カミングズのいらつきをなだめることができる唯一の女性だと言われていた。

 一連の経緯に、与党保守党議員の一部は「主権を取り戻した」と喜んだ。「主権を取り戻せ」は言うまでもなく、EU離脱国民投票の際にカミングズが編み出し、離脱派を勝利に導いたスローガンである。与党の権利が自分たちからカミングズに奪われたと感じていた議員らは、それが再び自分らに戻ってくると舞い上がったのだった。

 もっとも、別の議員らは、一連の騒動にすっかりあきれていたという。コロナとFTAを抱え、お国の一大事だというのに、一体何だ、と。確かに、国家の危機は内部を団結させることもあるが、対応を巡って分裂を招きがちでもある。何よりロシア革命は、第1次世界大戦のさなかに起きたのである。

 ジョンソンは、パフォーマンス過多の劇場型政治スタイルで知られる。しかし、国民が関心を持つのはどうやら、そのような表舞台の三文芝居でなく、キャリーとカミングズがののしり合う裏舞台の方のようである。この国を実際に動かしているのも、情けないことに表舞台ではなく、裏舞台なのかもしれない。

「危険な空白が生まれている」

 この騒ぎは、これまで裏方だったキャリーを、表舞台に登場させることにつながった。

 カミングズに代わる政権内の権力者として、メディアはこぞって彼女を追いかけた。一部の人は、彼女が閣僚人事案をジョンソンにささやいていると信じた。「実は気難しい」「ナルシシスト」などと取りざたされ、彼女の周囲に集まる人を「キャリー女王の宮廷」と呼ぶ人もいた。

 キャリーと親しい元スポーツ担当政務次官のトレーシー・クラウチは、『タイムズ・マガジン』誌で彼女をこうかばった。

 「キャリーがジョンソンを尻に敷いているようなイメージは誤りです。ただ、キャリーはその立場上、表だって反論できないから、人々は彼女を遠慮なく標的にする。彼女を通じてジョンソンを攻撃しようとするのです」

 キャリーの政治的立場を、同誌は「社会的にはリベラル、少し『緑の党』がかっており、経済的には右派」と描く。32歳という世代を反映してか、気候変動や環境問題、動物の保護、健康食、女性器切除の廃絶などの問題に極めて高い関心を抱いている。英国は2021年、第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)のホスト国であることから、彼女の活躍の場があるのでは、と期待する向きは少なくない。

 彼女は反捕鯨派としても知られ、通常だとダイアナ妃の呼称として定着している「プリンセス・オブ・ウェールズ」にひっかけて「プリンセス・オブ・ホエールズ(鯨)」とも呼ばれている。

 彼女の台頭は、権力闘争の結果と見えるが、一方で時代の要請なのかもしれない。カミングズはすべてを戦いに収斂させる戦略家だが、EU離脱という非常時が一段落して平時が訪れた今、求められるのはもっと穏やかな政権運営なのである。

 『スペクテイター』誌編集長ネルソンは、

 「離脱キャンペーンの形式の政府がもはや立ちゆかないことは、誰の目にも明らかだった。多くの人は、ブレグジット後の時代のことを考え始めている。そこにキャリーが登場した」

 と論じた。

 ジョンソンはロンドン市長時代、都市インテリに受ける開明的な政治家として売り出していた。首相としてEU離脱に邁進する中で強硬派の印象が強まったが、今後は元のイメージ回復を目指す可能性がある。『タイムズ』は、ジョンソン自身が「リベラルでグローバルな英国」像を築きたいと考えており、キャリーの助けを借りて環境政策を重視する路線に進むだろう、と予想した。

 カミングズの失脚とキャリーの台頭で、内閣改造も取りざたされる。現在のジョンソン政権の閣僚たちは、カミングズの意に沿うごりごりのEU離脱派ばかりで、経験不足ながら忠誠心が旺盛なために「しっぽを振る犬たち」と保守党長老から酷評されている。メディアでは早くも、外相ドミニク・ラーブや内相プリティ・パテルの交代がささやかれている。

 一方、逆に復権が確実視されるのは、前財務相のサジド・ジャヴィドである。英国の政治家には少ないパキスタン系の彼は、剛直冷静で飾り気がない知性派で、次世代を担う政治家として大いに期待されたが、2020年2月にカミングズと衝突して辞任した。キャリーはかつて、ジャヴィドの下で働いたことがあり、以来2人は強い信頼関係を維持しているという。ジャヴィドは、今年見込まれる内閣改造でラーブに代わって外相に就任するのでは、との観測が広がっている。

 ただ、司令塔のカミングズを失って、ジョンソン政権はさらなる迷走をする恐れも拭えない。

 「カミングズ付きジョンソンより悪い唯一のパターンは、カミングズ抜きのジョンソンだ」

 との陰口もある。決断力に欠け、細かい話が苦手なジョンソンは、補助する人がいないと立ちゆかない、との懸念からである。『デイリー・テレグラフ』によると、閣僚の1人は、カミングズなきジョンソンを、オットー・フォン・ビスマルクを首相から解任した後のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世になぞらえた。

 ジョンソンがリベラル志向を強めると、2019年の総選挙でつかんだ労働者層の支持を失う恐れも拭えない。

 イタリアの思想家アントニオ・グラムシは、「古いものが死に、新しいものが生まれるのをためらう状態」こそが危機だと看破した。『スペクテイター』誌編集長ネルソンも、『デイリー・テレグラフ』への寄稿でこう綴っている。

 「古い形式の政府が去り、新しい形式の政府がまだ到来していない。危険な時に、危険な空白が生まれている」

国末憲人
1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長を経て、現在は朝日新聞ヨーロッパ総局長。著書に『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『イラク戦争の深淵』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)など多数。新著に『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)がある。

Foresight 2021年1月5日掲載

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