「綺麗なまま母らしく旅立ち…」 「岡江久美子」さん長女が初めて明かす「母の最期」 

エンタメ 週刊新潮 2020年12月31日・2021年1月7日号掲載

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 享年63。死因は「新型コロナによる肺炎」──女優やタレントとして幅広く活躍していた岡江久美子の急死は人々に衝撃を与えたが、家族は、感染対策を理由に、見舞いどころか葬儀を執り行うことすら叶わなかった。あれから8カ月。一人娘で女優の大和田美帆(37)が初めて明かす、母の最期。

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 美帆が2017年に上梓したエッセイ集『ワガコ』(新潮社刊)は、現在5歳になる長女の出産と育児について綴ったものだが、母・久美子についてもかなりの紙数を割いている。例えば、

〈母になって初めての母の日。今までの母の日と、格別に違う母への想い。〉

 久美子が自分を産んだときのことを直接本人に尋ねたくだりも読み応えがある。

「母は読んでも良かったとか言わないんです。でもほとんど母への感謝の言葉なので生前、読んでもらえてよかった」

 と語るのは美帆ご本人。

「母が亡くなった今だからこそ、女優としてではなく母親としての岡江久美子を知ってもらえたら嬉しい」

“娘がいない時に、自分が娘の立場になって泣く時間はできました、最近は”とも語る美帆。母の最期を尋ねると、重い口を開いた。

「自粛期間中でしたので、今思えば非常事態、異常なことでした。母がお世話になった方など皆で集まって一緒に泣いたり母の思い出話をしたり励まし合うこともできなかった。家にいなくてはいけなかったのが父(大和田獏)も私も辛かったです」

4日後に遺骨と対面

 入院17日間、家族との面会は許されず。4月23日、久美子は息を引き取った。

「私は病院で頑張る母にどうしても声を聞かせたくて、テレビ電話、それが無理なら電話や、声を録音したものを聞かせたい、って父に頼んでたんですけど、父は“自分より大変なのは病院の皆さん。こっちからお願いはできない”って。凄いなと思いました。誰よりも声が聞きたかったと思うんですけどね」

 再会できた時、母は既に骨と灰になっていた。

「父は、もし自分がコロナだったら、と心配だったようで家に来ない方がいいと言っていて。お互いセンシティブになっていました。4日ほど経って、やっと母に会えました。父とは距離をとりながらでしたけれど。正直、遺骨を見てもそれが母だとは思えなかった。葬儀という儀式の大切さを痛感しました」

 葬儀は執り行えていない。

「母は交友関係が広かったですし、節目が必要だと思うので、いつかお別れ会はしたいです。ただ、父とは“感染の不安がなくなったら”と話していて。いつになるのか……」

 そんな特異すぎる死別にも、美帆は意味を見出す。

「皆の中では“元気な岡江さん”のまま。弱々しい、衰えた姿でなく、綺麗なまま突然旅立った。それってとても母らしいと思うんです。早すぎるし衝撃的な死でしたけれども、いつもポジティブな母でしたから。私も母の死から何か学ばせてもらって『さすが、私の子!』と褒めてもらえるよう娘と父と前を向いて生きていきます」

 と涙ぐみながら微笑んだ。

ワイド特集「角突き合いの女マタドール」より