元記者の告白 NHKの「タクシー私的利用」と「受信料名簿のあり得ない使われ方」

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受信料名簿の取材流用疑惑

 報道に携わる身として重大な問題だと感じるのは、これとは別にある。受信料名簿の取材への流用だ。

 NHKの各放送局には営業部があり、受信料を納める視聴者の名簿を管理している。当然ながら営業目的以外の使用は許されない。これが取材に流用されていたのだ。

 私自身が最初に関与したのは1997年。NHK入局の3か月後に配属された新潟放送局の上越報道室(記者1人が勤務する出先機関)に着任した直後だった。この年の11月、エジプトのルクソールで凄惨なテロ事件が発生した。イスラム過激派が日本人10人を含む外国人観光客62人を殺害する、世界を震撼させる事件を起こしたのだ。犠牲となった日本人の中には、新婚旅行中だった上越地域在住の夫婦がいた。

 エジプト政府や外務省の発表で犠牲者の名前が明らかになり、上越地域を担当していた私は、遺族への取材に奔走することになった。夫の勤務先や自宅はすぐ判明したが、妻の実家がなかなか割り出せず、取材は難航した。

 こうした事件では、犠牲者の顔写真の入手や、遺族などの周辺取材が欠かせない。現場の取材が難航する中、新潟放送局の同僚記者から携帯に電話があった。

「今、営業ルートで自宅を調べてもらっています。割り出せ次第、連絡します」

 電話を受けたとき、直感的に2つの驚きがあった。1つは、なるほどNHKではこんな手法で情報を入手できるのか、という驚き。もう1つは、受信料名簿がこんな使われ方をしているのか、という驚きだった。

 数時間後、再び同じ記者から連絡があり、妻の住所を伝えられた。遺族のコメントを入手すべく急行したが、結局、不在で取材できなかった。ただ、自宅を訪れたのはおそらく一番乗りだったと記憶している。事件や事故で関係者の自宅や連絡先を割り出す作業は、記者の力量にかかる部分が大きく、本来なら一番乗りは誇らしいはずだったが、さすがに後ろめたさを感じたものだ。

 もちろんこの問題は、報道機関のアンフェアという次元の問題ではない。受信料支払いが事実上、義務化に近い現状で、明らかに視聴者に対する裏切り行為だ。

 その後の新潟放送局勤務の中で、もう1度、受信料名簿の流用を目撃した機会があった。1999年、新潟の地方銀行の1つ、新潟中央銀行が経営破綻した。これを検証するリポートを2年後に制作する際、関係者を割り出す作業の過程で、やはり「営業ルート」が使われた形跡があったのだ。

 私自身は取材チームに入っていなかった。だが、後輩の記者が、取材対象者の氏名が記された受信料名簿らしき書類のコピーを机に置きっぱなしにしていたのを目撃した。うっかり放置していたようだった。個人情報の入った資料が人目に触れるのはまずい。そっと書類を担当記者のレターケースに入れたことを憶えている。

 もう20年近く前の出来事なので詳しく憶えていないが、書類にはお客様番号らしき数字と氏名、それに首都圏の住所が記載されていた。検証番組で覆面インタビューに答えてくれた関係者だと見られる。当人は受信料名簿で自宅を割り出されたとは夢にも思わなかっただろうが。

 5年間勤務した新潟放送局で触れた名簿流用はこの2件だけだが、NHKに在勤中、噂レベルでは、流用に関する話をたびたび聞いた。少なからず各地で行われている可能性があると感じたものだ。

 首都圏の放送局に勤務していたときも「営業ルート」が使われそうになったことがある。母子の無理心中未遂事件の取材でのことだ。こうした事件では、人権上の問題を理由に警察が個人情報を出さないケースがあり、このときもそうだった。現場を割り出せず、当時のデスクは「営業部の副部長は同期だから、住所調べられないか頼んでくる」と営業部のフロアに向かったことがあった。

 結局、このときは担当者が不在だったのか、結果的に自宅を割り出せなかったと記憶している。しかし、受信料名簿を流用しようとしたことには違いない。

 ニュース部内の事件の打ち合わせなどで、記者の中から「受信料名簿で調べられませんか」と提案されることがしばしばあった。過去に勤務した局で、何らかの形で関わった経験があったからこその発言ではないか。

 もっとも、こうした取材手法に疑問を持つ記者も多く、打診されても断る上司が大半だった。特に最近は個人情報の扱いが厳重になっているので、こうした行為が、今も横行しているとは思えない。しかし、タクシー利用と同様、数百人から千人規模の記者を擁する大組織だけに、受信料名簿に目をつける記者が皆無といえるかどうかは疑問だ。

 奇しくも、NHKが未契約世帯の情報を自治体に照会できる制度を要望したものの、認められなかったというニュースが昨年あった。これは歓迎すべき対応だったと思う。NHKが自治体なみに住民の個人情報を取得すれば、同じ問題が生じかねないと思うからだ。少なくともNHKには、受信料名簿の不正流用という厳格な管理をする必要があると思う。

大和大介
本名非公開。大手新聞社から転職し、1997年にNHKに入局。23年間にわたり取材記者・デスクを務めた。2020年夏に退局し、現在フリー。

週刊新潮WEB取材班編集

2021年1月1日掲載

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