木村佳乃、吉田羊、仲里依紗の成熟した大人の恋 「母たち」の金曜ドラマ

エンタメ 芸能

  • ブックマーク

「その先、人生は50年も続くのよ」

 また、羊が磯村から「離婚してほしい」と求められたときに、冷静に分析したシーンも興味深い。

「私たちは今性欲に支配されているわ。性欲はもって3年。その先、人生は50年も続くのよ。よく考えてみて」。

 自分も性欲に囚われていることを認識したうえでの発言には、説得力がある。でも業もかなり深い。

 思春期の息子を抱えた母たちは、自分が「女」であることを否定して隠そうとする。

 どんな状況であっても自分を押し殺して、聖なる存在であり続けようとするのは、はたして正解なのだろうか。そんな問いを投げかけているのだ。

 さて、ここからは男性陣に目を向けよう。彼らの境遇や心の内を知れば知るほど、実は男性にこそ見てほしいドラマだと確信する。

 まず、阿部サダヲ。人妻に手を出す軽薄で不埒な有名人で、3回も結婚したと聞けば印象はよろしくない。ところが彼には凄絶な過去があることがわかる。

 32歳で結婚し、息子も生まれたが、ある日帰宅するともぬけの殻。育児を任せっきりにしたことで夫婦仲は壊れた。

 その3年後に再婚するも、最初の妻が精神的に壊れ、家に来て泣きわめき、誹謗中傷をネットに垂れ流したため、半年で離婚。

 その4年後、そろそろ大丈夫かと思って3回目の結婚をするも、最初の妻がさらにエスカレートして家に火を放った。

 3番目の妻を守るために離婚。最初の妻の恨みが根深すぎて、もう二度と結婚はしないと決めたという。

 怪談のような実体験を軽妙に話す阿部だが、嫉妬と怨嗟が深くて重い妻に苦しむ男性にとっては、他人事ではないはず。

 世の中には、きれいさっぱり離婚できる夫婦と、そうでない夫婦がいる。子供の有無や経済状況も大きいが、どちらかが異様に執着する人だった場合、地獄が待っている。

彼はそのサインにひっかかっちゃった

 もうひとつの地獄は、羊の夫・矢作兼が体現している。

 羊と磯村のキスシーンを目の当たりにした矢作が吐き出すセリフには、性欲が強い浮気性の妻をもつ男の悲哀と諦観が込められていた。

 そもそも一人息子も矢作の子ではない。羊は会社の上司と不倫した末に妊娠。矢作はそのすべてを受けとめて結婚しているのだ。

 精一杯の皮肉を込めた文言は、男として求められない寂しさも含んでいる。
「(磯村は)思いっきり君のタイプだよね。歴代彼氏をみててもわかるよ」

「君は好みのオスを見つけると無意識のうちにフェロモンを放出してしまうんだよ。メスとして貪欲だから。彼はそのサインにひっかかっちゃったんだろうな」

 いかにも人畜無害な優しい顔の矢作から生々しい言葉が次々に繰り出される。

「俺は君の世界一の理解者でファンで応援団だから、本人よりもわかってしまうところがあるんだよな。でも理解者はいつまでたっても理解者で愛されはしない。恋しいとは思われない。限界だな」

 淡々とした矢作の心情吐露が切なくて悲しくて。でも羊の懊悩と罪悪感も手に取るようにわかる。

 こんなにも口の中が乾いて苦くなるシーンは昨今のドラマでも珍しい。

 つまり男性陣は、一方通行の片思いの「怖さ」と「寂しさ」を体現しているわけだ。

 夫婦になり、親になると、男と女ではなくなってしまうのが世の常。

 この寂しさや切なさを抱えたまま、仕方なくなんとなく家族を運営していくしかないのか。

 割り切って気持ちを押し殺して生きていくのもひとつの手だが、このドラマでは一歩前へ、先へ、進んでいく複数の「夫婦関係の終わりと始まり」が描かれていくのである。

 今期の恋愛ドラマは甘酸っぱい恋の入口を描く作品が多いが、これだけは苦くてしょっぱい恋の出口を描いている。

 道草食ったり寄り道したりけものみちに入ったりと、けっして胸を張れない大人たちには最適な作品ではないかと思うのだ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年12月11日掲載

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。