日本は「病床数は世界一」なのに、なぜ新型コロナで医療崩壊寸前になるのか

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 新型コロナウイルスの「第3波」襲来による医療崩壊の懸念から、日本でもGo Toキャンペーンを始め経済活動を抑制する動きが始まっている。

 たしかに全国の重症者数は最多を更新しているが、依然として世界と比べればケタ違いに少ない感染者数、死亡者数だ。なぜ日本の医療現場は再び崩壊の危機に直面しているのだろうか。

 第1波の際の危機の原因は、意外にも病床数の不足だった。

 我が国の医療機関は、世界各国に比べて、人口当たりの病床数が特に多いことが知られている。日本の人口1000人当たり病床数は13.1(2017年)とOECD加盟国平均の4.7を大幅に上回っていたのにもかかわらず、コロナ禍が始まった時点では、感染症病床は全国にわずか2000床しか存在しなかったからである。

 政府や都道府県は、第1波の教訓からその後医療機関に対して病床提供の協力依頼を行い、徐々にコロナ感染専用病床数を増加させてきたが、現在問題になっているのは医療スタッフの不足である。

 感染症指定病院の医療スタッフたちは、新型コロナとの終わりの見えない闘いで消耗しており、体制の拡大は必要不可欠だが、感染症指定病院ではない普通の病院にとって、新型コロナ患者を受け入れることは大変ハードルが高いのが実情である。感染症専門医や訓練された医療スタッフが必要となり、院内感染対策などにも留意しなければならないからである。

 しかし手立てはある。

 コロナ感染を恐れて患者が来なくなり、余裕が生じている中小病院や診療所のスタッフを感染症指定病院に行って応援してもらう仕組みをつくることである。そうなれば人手不足がネックとなって増大できない病床数を大幅に拡大できることになる。その際忘れてならないのは、診療所などの医療スタッフが協力する際の金銭的措置である。診療報酬が協力側の診療所などに入るようにするための枠組みは、開業医の業界団体である日本医師会が、現在存在する制度を応用して対処できると思う。一方、国の感染症対策に協力をしない中小病院や診療所に対しては、経営が苦しくなっているからという理由だけで、財政支援を行うのを控えるべきではないだろうか。

 また、今後感染が再び収束したとしても、別の病気の入院患者を病床に入れずに、空き病床や医療スタッフをキープしておく必要がある。専門医療機関、専用病床、ICU(集中医療室)を時限的に設置して、現在の病床規制の枠外にするなどの措置も有効である。

 病床数が世界一であるにもかかわらず、日本で空き病床が少ないのは、現在の病院経営は「病床が埋まってナンボ」であり、いかに空き病床を少なく管理するかが医業収益の決め手となっているからである。このため、病院にとって貴重な収入源である病床を「空き」にしておくことについての十分な金銭的補償を行う必要がある。

 新型コロナ患者数が急増するピーク時に常に備えることは、医療保険財政にとって無駄な浪費なのかもしれないが、それで安心して経済をフル稼働できるのであれば、日本全体で考えれば妥当な範囲の必要経費である。

 公明党の石井啓一幹事長は11月29日のNHK番組で「都道府県を越えた患者の受け入れを検討する必要がある」と語ったが、都道府県間の医療面での協力体制は希薄なのが現状である。病床の調整作業を担っている都道府県が、せっかく確保できた病床を他県に譲るという発想は出てこない。厚生労働省が音頭をとって、都道府県間の医療資源融通のスキームを構築すべきである。

 さらに、日本では病院の勤務医が恒常的に不足しているという長年の問題がある。残業時間が長いなどの労働環境の悪さに加え、開業医に比べて収入が低いなどの事情が災いしている。2020年度の診療報酬改定では、勤務医不足対策として約270億円の予算がついたが、病院全体の医療費(約23.2兆円)をかんがみると「焼け石に水」である。

 菅政権は行政のデジタル化を強力に推し進めようとしているが、その中で最も遅れているのは医療分野である(11月30日付日本経済新聞)。

 全国に偏在している医療資源の有効活用のためには医療分野のデジタル化は喫緊の課題だが、コロナ禍でも日本医師会はオンライン診療の導入拡大に後ろ向きだとされている。

 世界各国・地域の新型コロナウイルス感染症対策についての評価を行った香港のNPOは10月9日、最も優秀な国としてドイツを選んだ。

 ドイツの人口当たりの病床数は日本の7割弱に過ぎないが、病院の存在は「公」とみなされ、政府が指揮命令権限を保持していることから、数週間で一般の病床を新型コロナ専用の病床に切り替えることができた。具体的には、各市町村に一つのクリニックをコロナ専門クリニックに指定するとともに、広域地域毎にコロナ感染症専門病院を一つずつ配置した。医療従事者が一丸となって新型コロナウイルスに立ち向かったことから、感染者数が日本よりも格段に多かったのにもかかわらず、医療体制が崩壊の危機に陥ることはなかったのである。ドイツに限らず欧州では、病院のほとんどを自治体が運営していることから、柔軟な運用が可能である。

 日本ではPCR検査体制の不備ばかりに注目が集まっているが、「いざ」というときに機能しない医療体制全体にメスを入れない限り、パンデミックの対策は脆弱なままではないだろうか。

(参考文献)『社会保障と財政の危機』(PHP出版)鈴木亘著

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年12月7日掲載

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