北川景子「父親」は三菱重工、ミッツは伊勢丹……親が一部上場に勤める芸能人リスト

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高い“帰国子女”率

 大倉の父である大倉忠司(60)は、高校を卒業して辻調理師専門学校に進学した。現在のリーガロイヤルホテルに就職するが、本人の希望で調理ではなく接客担当だったという。

 ホテル勤務を続けながら、独立を見据えて実家近くの焼鳥店で修行を重ねた。そして85年、東大阪市に「じゃんぼ焼鳥 鳥貴族」を開業し、順調にフランチャイズ化を展開した。

 2014年にJASDAQに上場を果たすと、15年に東証二部、16年に東証一部に市場変更を果たした。

 他に調べたところ、確実な11人を見つけた。2つの表にまとめてみたので、それぞれご覧いただこう。

 一流企業の役員や社長が、これだけ並ぶと壮観だ。財界で活躍する父親を持ったからか、表の芸能人には海外生活を送った者が少なくない。

 三浦りさ子(52)は米国ニューヨーク州生まれで、加瀬亮(46)は7歳までの約7年間を米国ワシントン州ベルビュー市で過ごしたという。

 ミッツ・マングローブ(45)は、表にある父親の経歴からも分かる通り、小・中学校をイギリスのロンドンで暮らした。

 更に慶應大学法学部を卒業後、やはりイギリスのウエストミンスター大学コマーシャル・ミュージック学科へ留学もしている。

ミッツの母親

 ミッツの場合は、母親も博報堂でコピーライターだった。週刊文春の連載記事「新 家の履歴書」は15年4月9日号でミッツにインタビューを行っている。

 両親のなれそめを《結婚前、母親は博報堂でコピーライターをしていて、伊勢丹の宣伝部に勤める父親と知りあったんです》と説明。

 記事では、母親の強烈な美意識に愛憎入り混じる想いを振り返っている。

《淡いグレーのカーペットに絵の具の水をこぼしたことがあったんです。そのときは母親に死ぬほど叩かれました》

《洋服も、今考えれば、いいものばかり着せてもらっていたと思う。でも悪目立ちするんですよ(略)通学用の服もアディダスのものなんて買ってくれないし、筆箱もシックな黒の皮でした》

《でもね、私が女装している姿は、あの頃の母親にそっくりなんですって(略)母親の姿が重なるのは、女装の世界では珍しくないんです》

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