NHKにしか作れない 短編ドキュメンタリー「事件の涙」の骨太感

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“ニュースでは伝わらないもの”を伝える

 どの回とも、画面から漂ってくるのはこの世の不条理と理不尽さ、それでも生きる人々の強さだろうか。

 20年7月放送の「そこにあなたがいない~京都アニメーション放火事件」も、児童養護施設の事件に通じる理不尽な事実を、切々と伝える。

 事件では36人の生命が奪われ、33人が重軽症を負った。

 亡くなった一人、津田幸恵さん(当時41歳)の遺族である父親は、事件後、幸恵さんの残したイラストも含めて遺品をすべて処分してしまう。

 辛い記憶を思い出したくないというのだ。

 貴重な遺品を捨ててしまっていいのかと、見ていて止めたい気持ちになるが、死者をどう弔うかは、遺族の心が決めることだろう。

 この回では、遺体の顔を見たこと、見なかったことで生まれる葛藤も描いているが、残された者の心のひだは、コンパクトに編集される普段のニュース映像では、決して伝わらない。

 30分間のしっかりした尺があるから、こちらの胸に迫ってくるものがあるのだ。

「何も区切れないっちゅうのかね。ただ、時の流れるのを待って……。生きていかなあかんし……」

 幸恵さんの父親の重い声が、墓前の映像とともに流れる。

 多くの事件や事故は、発生から1カ月も経つと“ニュース性”を失い、ほとんど報じられなくなる。そして、人々の記憶からは少しずつ薄れてしまう。

 だが、当事者たちはいつまでも当事者であり、ずっと生き続けている。そういう当たり前のことを、感じさせる番組でもある。

タレントも芸能人も出てこない

 番組の最後に流れるスタッフ紹介のエンドロールを見ると、10人足らずのごく少人数で作られていることが判明する。

 スタジオ収録もなければ、タレントも芸能人も出てこない。

 予算はほとんどかかっていないと思われるが、時間と手間を惜しまず、取材相手に頭を下げて話を聞かせてもらっていることは、見れば分かる。

「NHKスペシャル」や「プロフェッショナル 仕事の流儀」のような華やかさはないし、視聴率も決して高くはないだろうけど、NHKにしか作れない番組であり、作るべき番組だろう。

 もっと評価されても良いのでは、と思う。

 番組では理不尽の極みのような事件・事故もしばしば取り上げられ、共感力が高過ぎる人の場合、見続けるのがキツイとすら感じるかもしれない。

 ただ、直近の2~3回は作風に若干の変化が感じられ、番組のラストで視聴者に多少の”希望”や”救い”を与えてから終わるものが続いている。

「重すぎて辛い」ということは、以前より減ったのかもしれない。

 とはいえ、個人的には、ズシッと胸に重石を載せられるようなヘヴィーな終わり方もまた、遺族の抱いている苦しみの何万分の1かでも伝わってくるような感じがして、ある種の真実を感じるのだが。

 女性ボーカリストSalyu(サリュ)が哀愁たっぷりに歌うテーマソング『emergency sign』は陰影を感じさせるバラードで、番組の内容によく合っている。

 現在は1~2カ月に1本ほどのペースで不定期に放送されているが、次回作にも期待したい。

西谷格
1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方新聞「新潟日報」の記者を経て、フリーランスとして活動。2009~15年まで上海に滞在。著書に『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHPビジネス新書)など。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年11月21日掲載

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