日銀「特別制度」菅首相が主導する「地銀統合」ではない本当の狙い

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 日本銀行は11月10日、「地域金融強化のための特別当座預金制度」の導入を決めた。

 同制度に対しては、「日銀が政府と一体になって地域金融機関の再編を後押しする」との見方が一般的だ。だが、この制度の裏側には、日銀の別の狙いが“見え隠れ”している。

「再編を後押しする制度」と喧伝

 菅義偉首相が就任に際し、

「地方銀行は数が多過ぎるのではないか」

 と発言したことで、地域金融機関再編への流れは一気に加速した。この背景については、9月28日の拙稿『菅首相が進める「地銀再編」と「携帯料金引き下げ」の点と線』で詳しく解説しておいた。

 つまり、そこで指摘しておいた、11月27日から10年間の特例措置として施行される「同一県内の地銀同士の統合・合併を独占禁止法の適用除外とする特例法」を足掛かりに、菅首相の発言によって事態は大きく動き出したのである。

 日銀は今回の制度を、

「地域金融機関が将来にわたり地域経済をしっかりと支え、金融仲介機能を円滑に発揮していくための経営基盤の強化に資する」

 と位置付けている。

 具体的には、

「一定の経営基盤の強化を実現する」

 ことと、

「経営統合等により経営基盤の強化を図る」

 ことのいずれかを条件に、日銀にある当該金融機関の当座預金に特別金利を付けるというもの。

 「一定の経営基盤の強化」については、2020~22年度の各年度に、「OHR(Over Head Ratio)」等に基づいて予め定める経営基盤の強化の要件を満たす必要がある。このOHRとは、簡単に言えば、

「預金を集めて融資を行うという金融機関の本業により得る利益に対する経費の割合」

 を示す。

 日銀では、OHRが、2019 年度に比して、2020年度に1%以上、2021年度に3%以上、2022年度に4%以上の改善をすることを目安として示している。

 また、この要件を満たしていなくても、2020~22 年度決算における経費(減価償却費を除く)が、2019 年度決算に比して、2020年度に2%以上、2021年度に4%以上、2022年度に6%以上削減された場合には、経営基盤の強化と認められる。

 次いで、「経営統合等により経営基盤の強化を図る」では、11月10日以降、2023年3月末までに経営統合等(合併、経営統合または連結子会社化)を機関決定することが条件となっている。

 以上の要件を満たせば、日銀にある当該金融機関の当座預金に、年0.1%の特別金利が付与される。この措置は、2020~22年度の3年間の時限措置となっている。

 このように、今回の制度全体は「地域金融機関の経営効率化による経営基盤強化」を図っているものなのだが、発表後の新聞報道などでは結局、「一定の経営基盤の強化」よりも、「経営統合等により経営基盤の強化」のほうだけにスポットが当たり、日銀が地域金融機関の再編を後押しする制度、と喧伝された。実際、政府も金融庁を使って、地域金融機関の再編に対して補助金を出す制度を検討しているのだから、その喧伝もミスリードというわけでもない。

 政府が検討しているその「資金交付制度」とは、地域金融機関の合併・経営統合の費用の一部を国が負担するもので、統合1件あたり最大で30億円程度を考えている。財源は、3月時点で560億円にのぼっている「預金保険機構」の「金融機能強化勘定の利益剰余金」だ。申請期間は、2021年度から25年度までの5年間となっている。

地域金融機関の大反発

 こうして見ると、確かに今回の日銀の新制度は、菅首相の命を受けて大きく動きだした地域金融機関の再編に対して歩調を合わせたものであり、独禁法の合併特例法や金融庁の措置との相乗効果も期待できる。

 世界の中央銀行を見ても、中央銀行が地域金融機関の経営統合の支援を行うのは極めて異例であり、3年間の時限措置とした点も含め、日銀が地域金融機関の現状に危機感を抱き、本腰を入れて経営統合を促そうとしている姿勢が伺われる。

 しかしながら、当事者となる地域金融機関からは、

「経営統合は、マッチングアプリを使って結婚相手を探すようなわけにはいかない」(地銀幹部)

「経営統合には100億円以上のコストがかかるだろう。0.1%の特別金利では割が合わない」(大手信金幹部)

「いくら日銀や国が支援してくれても、経営統合のシナジー効果がなければ統合は進まない」(別の地銀幹部)

 といった冷めた声が多く聞かれる。

 さらに、

「馬の鼻先に人参をぶら下げるような真似で、地域金融機関を操るようなやり方には、反感を覚える」(別の信金幹部)

 との厳しい声もある。

 ところが、今回の日銀の新制度をよく見ると、“別の狙い”が浮かび上がってくる。

マイナス金利政策の解除に向けた布石

 まず、この新制度が決定されたのは「金融政策決定会合」ではなく、「政策委員会」の通常会合だ。前者は、日銀の政策目標である物価安定のための金融政策を検討する会合で、後者は、日銀にとってもう1つの重要な政策目標である「信用秩序の維持」のための政策を決定する場だ。

 つまり、今回の政策は、日銀が「看過できないほど、地域金融機関の経営状態が悪化している」と見ていることの表れであり、金融システムの安定を目的とした、いわゆる「プルーデンス政策」として決定されたということだ。

 ところが、その具体的な手段は、前述したとおり「年0.1%の特別金利の付与」という“事実上の金利の引き上げ”だ。これは、政策金利をマイナス0.1%としている現在の金融政策スタンスと矛盾している。

 そして、この新制度は、明らかに地域金融機関に対する“事実上の補助金”である。

 だからこそ、「経営統合等により経営基盤の強化を図る」だけではなく、経営統合を伴わない「一定の経営基盤の強化」も要件となっている。

 要するに、今回の新制度には、日銀が継続している大規模金融緩和の副作用で地域金融機関の収益が看過できないほど悪化しており、その状態を緩和させるために実施する、という狙いが透けて見えるのである。さらに、もしそうでれば、それはマイナス金利政策の解除に向けた布石、道筋の1つとも見ることができる。

 特別金利の付与の対象が一部の地域金融機関に限定されるとは言え、当該地域金融機関にとって、特別金利の付与は“実質的な利上げ”であり、これはマイナス金利政策の形骸化に他ならない。

 たとえば、政策金利がマイナス0.1%となっている現状では、今回の新制度で特別金利が付与される地域金融機関にとって、政策金利はゼロ金利ということになる。もし、今後、マイナス金利幅を拡大して、政策金利をマイナス0.2%にする場合には、この特別金利も0.2%に引き上げられるのであろうか。否、新制度を取り入れた理由を鑑みれば、引き上げざるを得ないだろう。

 それが地域金融機関の経営基盤の強化につながる方法であり、プルーデンス政策としてこの新制度を導入した理由でもあるからだ。

 確かに、今回の日銀の新制度は、政府と一体化で、地域金融機関の経営統合等を後押しする狙いもあるだろう。

 だがそれ以上に、今回の制度は、新型コロナウイルスの感染拡大による経済活動の収縮によって、日銀の政策目標が従来の「物価安定のための金融政策」から「信用秩序の維持のための金融システムの安定を目的としたプルーデンス政策」に切り替わったことの表れなのだ。

 それはとりもなおさず、それだけ地域金融機関の経営状態が危機に瀕しているということなのである。

鷲尾香一
金融ジャーナリスト。本名は鈴木透。元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで様々な分野で取材・執筆活動を行っている。

Foresight 2020年11月18日掲載

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