美智子さまが憂慮する「いのちの電話」の苦境 コロナ禍の相談増で人手が足りず
「痰壺」になる覚悟
365日・24時間体制で相談を受け付けてきた「東京いのちの電話」だが、4月7日に緊急事態宣言が発令されて以降、深夜の活動は中止を余儀なくされた。
「人員不足に加えて、仮眠する際に寝具を共有することが衛生上の問題となりました。相談員が通常の7割まで戻ったため、9月以降は水・木・金・土曜の週4日限定で深夜の相談を再開しています。正直なところ、いままで24時間体制を維持してきた先輩方には申し訳ない気持ちでいっぱいです。使命を果たすことができず、本当に心苦しい」
「長崎いのちの電話」では県内の陽性患者が増加したことを受け、8月2日から20日間、活動を停止した。
田村繁幸事務局長が当時を振り返る。
「ええ、辛かったですね……。活動停止中は助けを求めて鳴っている電話に出られないわけですから。なかには“自分の健康は自分で守れます。電話に出ましょう。このまま休んでいるのは耐えられない”と訴える相談員もいました。しかし、彼らの体調や精神状態を考慮せず、また、人員を確保できないまま活動を続けて、大きなトラブルを招いてしまうことだけは絶対に避ける必要があった。他のセンターも同じように苦悩していたと思います」
いのちの電話に救いを求める人々は誰もが瀬戸際の精神状態にある。当然ながら、彼らの言葉を受け止める相談員の負担も計り知れない。
田村氏は相談員に向けた研修会で、講師からこんな言葉を投げかけられたことがあるという。
〈みなさんには痰壺になる覚悟はありますか? “どうぞここに痰を吐いてください”と自分の手を差し出す勇気がありますか? それくらいの気持ちがなければ相談員は務まりません〉
決して綺麗ごとでは済まされない、重い役割を象徴するような言葉である。
「確かに、“お前なんか相談員をやめちまえ!”と怒鳴られたり、受話器を耳に当てた瞬間から“電話の取り方が気に入らない!”となじられることは珍しくありません。最近は“いくら電話をかけたって出ないじゃないか!”というお叱りも受けます。新型コロナによって引き起こされた不安や焦りは誰にもぶつけられませんから、今後も怒りに満ちた電話は増えていくでしょう。もちろん、そうした声を受け止めることもいのちの電話の意義だと思うんです。ただ、“痰壺”になるには相当な覚悟が必要だと改めて感じています」(同)
先の宮内庁担当記者は、上皇后の御心をこう推測する。
「これだけの国難ですから、エリザベス女王をはじめとする欧州各国の王室のように、ビデオメッセージなどで天皇陛下が国民に向けて励ましのお言葉を発せられてもいいのではないかと考える向きは、宮内庁のなかにも少なくありません。そうしたお気持ちは美智子さまもお持ちのはずです。とはいえ、ご自身が前に出れば二重権威との声が持ち上がりかねない。今回、美智子さまが侍従を通じていのちの電話、ひいてはコロナ禍における自殺者増に憂慮を示されたことは、天皇陛下へのメッセージのようにも感じられます」
誰もが、いつ終わるとも知れない受難の日々を生きる時代――。いかなる形であれ、その肉声が国民に届けられれば、これ以上の励ましはないに違いない。
[2/2ページ]


