『スパイの妻』で蒼井優を堪能、映画を劇的に弾ませる映画女優の芝居とは

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夢見る少女

 岩井俊二監督の『花とアリス』(2004)では、アリスという名でワンダーランドをさ迷っていた。彼女はバレエを習っていて、だからトゥ・シューズで爪先立ちするような危ういバランスで、思春期を生きている。

 幼馴染で親友の花(鈴木杏)は、落語研究会の先輩に恋をしている。花はその先輩に、自分が「今カノ」だと信じ込ませようと作戦を立てる。その洗脳工作を助けるためにアリスは、「元カノ」役を演じることになるのだ。思春期のふたりにとって現実とファンタジーは、二重写しになっている。

 でもそんなアリスは時に、年相応の表情を見せもするのだ。離れて暮らす父親(平泉成)とのつかの間のデートが終わって別れる時、冗談めかしてアリスは、父に教えてもらった中国語で呼びかける。

「ウォー・アイ・ニー」。あなたを愛しています――蒼井優はその時アリスではなく、ただの少女の顏をしていた。

『ハチミツとクローバー』(2006)で蒼井優が演じた天才画家・花本はぐみは、創作の時いつでも、大きなヘッドフォンをしていた。外界をシャット・ダウンした彼女は脳内に、音の景色を広げる。そのようにしてキャンバスと対話するだけの世界に、はぐみは入ってゆくのだ。

 画を描いていない時の彼女は半覚半醒のようで、夢見るように漂っている。あどけない、ふ化したばかりの小鳥のような目でこわごわと、外を見ている。そんな彼女に、アートの才能になど恵まれていない青年・竹本(櫻井翔)は想いを伝える。

「僕は、はぐちゃんのことが、好きです」

 竹本に現実との接点を見出したはぐみの、解(ほど)けたような笑顔……。

 映画を劇的に弾ませる、映画女優の芝居。それを蒼井優は知っている……。思えば結婚発表も劇的だった!

椋圭介(むく・けいすけ)
映画評論家。「恋愛禁止」そんな厳格なルールだった大学の映研時代は、ただ映画を撮って見るだけ。いわゆる華やかな青春とは無縁の生活を過ごす。大学卒業後、またまた道を踏み外して映画専門学校に進学。その後いまに至るまで、映画界隈で迷走している。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年11月6日掲載

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