文在寅排除を狙い、米国がお墨付き? 韓国軍はクーデターに動くか

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「米軍撤収」がクーデターの導火線

――現在は、国民の間にそこまでの不満はない……。

鈴置:ええ、クーデターを支持するほどに不満は高まっていません。文在寅大統領に対する支持率は40%台を保っています。韓国の世論調査の結果は政権にかなり甘く出るので、そのまま信じるわけにはいきませんが「クーデターに拍手喝采」とのムードにはありません。

 ただ、米国には文在寅政権を追い詰める手があります。在韓米軍の撤収に動けば、政権への不信感をかきたてるからです。

 反米で親北・従中の文在寅政権には歓迎すべき動きです。が、7―8割の韓国人は米韓同盟を支持しています。同盟解体につながる米軍撤収を、大いなる不安感を持って見るのは間違いありません。

 そんな恐れ、不安が社会に広まった時、軍が決起して文在寅政権を倒しても、決定的な反発は買わないと思います。クーデターの後、すぐに選挙を実施するなど民政維持の姿勢を示せば、ですが。

 注目すべき動きがありました。10月14日、米韓両国の国防相がペンタゴンで定例安保協議(SCM)を開きました。その際の共同声明から、2008年以降ずうっと盛り込まれてきた「在韓米軍の現行の兵力水準を維持する」とのくだりが消えたのです。

 保守系紙の朝鮮日報はさっそく「米、12年ぶりに『在韓米軍維持』の文言を落とした」(10月16日、韓国語版)と報じました。

 ある読者はこの記事のコメント欄に「2つに1つを選べ、ということだ。数万の自国民を犠牲にして韓国を守った国か、統一を阻害した国か、と」と書き込みました。米国か中国かの踏み絵を突き付けられたことを韓国人も理解したのです。

「トランプ退任」待ちの文在寅

――文在寅政権はどう考えたのでしょうか?

鈴置:さすがに「反米を続けると、米国から何をされるか分からない」と思ったようです。異例の共同声明の8日後、10月22日に韓国は在韓米軍のTHAADに関し譲歩しました。

 譲歩と言っても同盟国として当然の義務の一部を果たしたに過ぎませんが、慶尚北道・星州(ソンジュ)のTHAAD基地を取り巻いて封鎖してきた反米団体を警察が排除したのです。

 米軍がTHAADのレーダーや発射台、管制装置を基地に設置したのは2017年4月。その後、韓国の警察は封鎖中の反米団体を放置してきました。もちろん、THAAD配備に憤った中国にゴマをするためです。

 反米団体は米軍の機材・燃料・食糧の搬入を阻止し続けたため、米軍はヘリコプターで空輸してきましたが、それにも限界があり、兵士の日常生活にも支障をきたしていたといいます。

――文在寅政権は反米を軌道修正するのでしょうか?

鈴置:単に、目先を誤魔化す作戦でしょう。反米路線を本当に放擲(ほうてき)したら政権の存在意味を失います。

 米大統領選挙は11月3日。トランプ大統領が落選すれば、米中対立も和らいで、米国からの圧力も減るかもしれない――。そう読んでの時間稼ぎと思われます。

 もっとも、北朝鮮はクギを刺しておく必要があると判断したようです。10月26日、宣伝媒体「メアリ」で「ご主人さまの怒りを解くために、南の当局が外交・安保関係者を米国に送っている」「米国はさらに南を見下し、THAAD基地の永久化など重い負担を課すだろう」と揶揄しました。

 朝鮮日報の「終戦宣言を議論しようと米国に行ったら…北『外勢に仕える卑屈な行い』」(10月26日、韓国語版)で読めます。

韓国国防相を唐突に招待した中国

――中国はどう反応したのですか?

鈴置: 10月21日、中国は突然に韓国の国防相を招待しました。聯合ニュースの「韓中の国防相が電話会談 協力継続で一致」(10月21日、日本語版)によると、中国側の要請で実施した電話協議で魏鳳和・国防相は徐旭(ソ・ウク)国防部長官に訪中を呼びかけたのです。

 THAAD配備問題もあって、韓国の国防相の訪中は2011年7月以降、途絶えていました。そこに、この唐突な訪中要請。米韓関係の改善に歯止めをかけるのが中国の狙いでしょう。

 韓国軍が文在寅政権をどう見ているのかも、国防相に直接に会って探りたいところです。軍はひと昔前は完全な親米でしたからね。

――韓国軍がクーデターを起こしたら、中国とすれば元も子もなくなりますね。

鈴置:そうとは限りません。軍が親米クーデターを起こしても、反中にはなりません。むしろ「親米で従中」政権が誕生する可能性が大きい。

 韓国軍だって、米国だけを頼りにするよりは、中国も後ろ盾にした方がいい。軍が本当の敵と考える北朝鮮と対するのにも、それは不可欠です。

 それに軍人も韓国人。従中のDNAは持っているのです。韓国軍がクーデターを起こすというなら、中国はそのスポンサーになる手があります。

「李氏朝鮮」のデジャブ

――クーデター政権が中国側に寝返るとは!

鈴置:歴史的に前例があります。李氏朝鮮を建てた李成桂(イ・ソンゲ)は、その前の王朝、高麗の武将でした。おりしも中国大陸は元明交代期。新たに興った明は高麗に領土の割譲を要求。怒った高麗王は李成桂を明との戦いに送り出しました。

 李成桂は現在の中朝国境である鴨緑江まで進軍しましたが、勝ち目がないと悟ると軍を翻し、高麗王朝を倒したのです。1388年のことでした。軍事クーデターに成功したのです。

 明は李成桂に「朝鮮」という国号を名乗るよう、申し渡しました。冊封体制に組み込んだわけです。李成桂がクーデターを敢行した際、明に了解を取り付けていたことを示す資料はないようです。が、地政学的に見て、政権奪取後に明に仕えるのは自明のことでした。

 今後、朝鮮半島や中国大陸で何が起きるかは予測がつきません。盤石と信じていた国際政治の地殻構造がひっくり返ってしまうことも覚悟すべきと思います。

 ニューシャム大佐の言葉を借りれば、日本人も「こうなるとは思ってもいなかった」と驚き慌ててはならないのです。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年10月27日掲載

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