敗北続き「トランプ」10月22日「最後のテレビ討論」で決着つくか

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 10月15日、米国東海岸時間の午後8時から、ドナルド・トランプ大統領とジョー・バイデン前副大統領2人の大統領候補が、三大テレビネットワーク中継によるタウンホールミーティング形式の有権者との対話を行った。

 大統領選挙の歴史でも異例だったのは、同じ時間に開催されながら、まったく異なる場所と異なるネットワークで行われたことだ。トランプ大統領は『NBC』ネットワーク、バイデン候補は『ABC』ネットワークで放送された。

 異例のセッティングの中、予想外の結果が待っていた。

 トランプ大統領はよく知られている通り、もともと『NBC』の『アプレンティス』(見習い)というリアリティーショーで人気を博してテレビ界で成功を収めた人物であり、賛否はともかく視聴率獲得には圧倒的な実力を持っており、バイデン候補の番組にぶつけて、視聴率対決での勝利を意図したはずだ。しかし、こともあろうに、その対決でバイデン候補に敗れてしまった。

 調査会社「ニールセン」によると、バイデン候補の『ABC』の視聴者は約1410万人、トランプ大統領の『NBC』は1350万人で、バイデン候補はトランプ大統領に対し、ほぼ60万人多く視聴者を獲得した。

 しかもトランプ側は、『NBC』に『MSNBC』と『CNBC』というケーブルニュースチャンネルを加えた3チャンネルの合計で、『ABC』チャンネルだけのバイデン側に負けた。『ABC』によれば、プライムタイムといわれる同時間帯の番組では、2月のアカデミー賞授賞式以来の最も高い視聴率を記録した。

 そもそも10月15日には、候補者同士の第2回のテレビ討論がタウンホール形式で予定されていた。しかし、トランプ大統領の新型コロナウイルス感染と入院により、関係者(特にバイデン候補)への感染リスクを恐れたテレビ討論準備委員会が、オンラインの討論会を提案。するとトランプ大統領は、この形式での参加を強硬に拒否したため、バイデン候補は予定の時間に『ABC』ネットワークでの自分だけのタウンホールミーティングを企画した。

 そこにトランプ大統領が、同じ時間に『NBC』ネットワークでの番組をぶつけてきたのである。

 今回のトランプ大統領の視聴率競争敗北については、乱暴な言葉で敵を中傷して視聴者を盛り上げる「トランプ劇場」に対し、さすがに米国民が飽きているのではないかという「トランプ疲れ」(Trump fatigue)が指摘されている。

「バイデン視聴率」高かった理由

 しかも、バイデン候補のタウンホールミーティングは、特別、視聴率を稼げるようなセンセーショナルな面白さがあったわけではなく、むしろ、バイデン候補が出席者たちと米国の将来や自身の政策、信条について、まじめに対話をする穏やかなものだった。

 これに対しトランプ陣営のアドバイザーは、『PBS』(公共放送サービス)で30年以上放映されて国民的人気を博した子供向け番組『ミスター・ロジャーズ・ネイバーフッド』(Mister Rogers’ Neighborhood)を見ているようだったとツイッターで腐した。

 しかし、『ニューヨーク・タイムズ』コラムニストのミッシェル・ゴールドバーグは、むしろそこが良かったと評価している。

 1968年の放送開始から50周年を超えているこの番組は、子供たち向けに優しさや好奇心、自尊心、情愛を教育する内容だ。

 たとえば、バイデン候補とのタウンホールミーティングに参加した黒人男性セドリック・ハンフリー氏は、トランプには投票したくはないが、これまで民主党に投票してきても十分に生活を守ってくれなかった現状の仕組みに対して不満を持つ、自分のような若い黒人層に対してどう話すのか、と質問した。

 するとバイデン候補は、今年亡くなった公民権運動家から政治家に転じたジョン・ルイス氏の「投票は神聖なものだ」という言葉を引用し、選挙が仕組みを変えることを信じるべきだと説得した。そして、具体的には、それが公平で人権を尊重する警察組織や、教育の充実などで黒人層が富を得られるような仕組みを作ることになる、そして黒人層が資金を借りにくい銀行の仕組みも変えるべきだなどと真摯に答えていた。しかも、テレビの放送時間が終了してからも、バイデン候補は会場に残って参加者と対話を続けていた。

 対してトランプ大統領のタウンホールミーティングは、いつもどおりテンポと歯切れが良く、エンターテイメント性は十分にあった。モデレーターは、トランプ大統領に対して、多くの米国民が持つ懸念を直接ぶつけた。

 たとえば、「Qアノン」という陰謀論を唱えるグループを知っているかという質問だ。Qアノンは、民主党や大手メディアの幹部は小児性愛者組織に所属しており、世界は彼らによって支配されており、トランプ大統領が彼らを阻止するために闘っている、という陰謀論を唱えている。

 するとトランプ大統領は、Qアノンについては「小児性愛者と闘っているとは聞いているが、知らない」とだけ答えた。これは、前回のテレビ討論で、白人至上主義団体について明確に批判を避けたことと同じで、ある意味、想定内の答えであり、この点を懸念してトランプ大統領を支持するかどうか迷っている有権者には、まったく役に立たない情報だった。

 せめて、トランプ大統領がQアノンを擁護するか批判するかのどちらかであれば、それなりにインパクトもあったし、浮動層にも参考になる。しかしこの答えは、ハッキリ言ってメディア受けしない内容であり、投票を迷っている有権者への情報にもならない。このあたりの微妙な守りの態度が、「トランプ劇場」のマンネリ化を引き起こしている感は否めない。

 かたや、バイデン候補のタウンホールミーティングでの内容は、大きなニュース性はなくとも、投票を迷っている有権者には有益な情報だった。また、おそらくバイデン有利の状況をみて、バイデン政権が成立した場合に備えて参考情報を得たい人間も多く視聴したはずだが、そのような層にも参考になったはずだ。

 少なくとも、質問をしたハンフリー氏は、その後『CNN』に出演し、バイデン候補との対話にはそれなりに納得感があり、バイデン候補に投票することにしたと語っている。バイデン陣営の収穫は、トランプ大統領には投票したくはないがバイデン候補に投票することにも躊躇している層がタウンホールミーティングを見た可能性が高く、その場合には、それなりの影響を与えた可能性があることだ。

 実際、2つのタウンホールミーティング放送後の全米および接戦州の世論調査でも、バイデン候補のトランプ大統領への優位が、縮まるどころかやや開いているのが現状である。その意味でも、10月22日に行われる最終の一対一のテレビ討論は、トランプ大統領にとっては正念場となる。

トランプ陣営「選択肢は2つ」

 その最後のテレビ討論の見どころは、トランプ大統領が、継続するバイデン優位の状況を逆転できる決定打を出すことができるかどうかだ。

 バイデン候補は、現状の優位を維持するために、極端なことはしないだろう。大きな失敗を避け、これまでの路線を維持し、真摯に自身の政権構想を語れば、勝利に一歩近づくことになる。

 問題は、トランプ大統領側だ。

 彼は、9月29日第1回のテレビ討論でも、10月15日のタウンホールミーティングでも、徹底的に相手を批判して自らの実績を誇り、21万人以上のコロナ感染による死者を出している自らの失策を認めず、感染者やその家族への同情心も示さない強気の姿勢をまったく変えていない。

 また、白人至上主義団体やQアノンのような陰謀説にも、否定的な批判を避け、むしろ自身のコアの支持者だと考えて配慮すらしている様子がうかがわれる。

 22日の討論会では、トランプ陣営には選挙戦略上、2つの選択肢が考えられる。

 1つは、接戦州の浮動層全般にアピールするために、白人至上主義者をより明確に批判し、陰謀説を否定し、また、コロナ感染の失敗を率直に認めて方針の展開を示すサプライズ路線だ。もう1つは、これまで通りコアな支持層を固め、投票へのさらなる動員を図り、正面突破を狙う路線だ。

 おそらく、トランプ大統領の精神構造からして前者の道をとることはかなり難しいし、投票日まで2週間を切った時点では遅すぎるとも思われる。一方、後者の路線は、熱狂的な支持層はともかく、無党派層の心を掴めずにバイデン候補をさらに有利にしてしまうリスクがある。

 トランプ陣営に決定打がなければ、接戦州をバイデン候補が軒並み制し、地滑り的な勝利となる可能性は十分あり得る。

 ただし、バイデン候補の息子のハンター・バイデン氏とウクライナ政府との癒着問題など、バイデン候補の評価を大きく貶めるようなサプライズが効けば、接戦に持ち込むことができるかもしれない。加えて、コアな支持層、とくに過激な白人至上主義者の支持者からの暴力的な脅しなどで、投票日当日の民主党支持者の投票が抑制される可能性もあり得る。

 実際すでに、武装した白人至上主義団体が、選挙監視の名の下に投票日に投票抑制への示威行為をするような動きがみられている。もし、当日の出口調査でバイデン候補の投票数が伸びずに、接戦に持ち込みさえすれば、バイデン票が多いと見込まれる郵便投票の開票の遅れを利用して早々に勝利宣言をし、裁判闘争に持ち込むことも考えられる。

 このように考えると、今回ほど、アメリカの民主主義の信頼性を揺るがすような波乱含みの大統領選挙はない。

 できればこのような混乱は回避してほしいが、10月22日の最後のテレビ討論会の結果次第では、危惧されるような対立がもたらされるかもしれない。

渡部恒雄
わたなべ・つねお 笹川平和財団上席研究員。1963年生まれ。東北大学歯学部卒業後、歯科医師を経て米ニュースクール大学で政治学修士課程修了。1996年より米戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員、2003年3月より同上級研究員として、日本の政治と政策、日米関係、アジアの安全保障の研究に携わる。2005年に帰国し、三井物産戦略研究所を経て2009年4月より東京財団政策研究ディレクター兼上席研究員。2016年10月に笹川平和財団に転じ、2017年10月より現職。著書に『大国の暴走』(共著)、『「今のアメリカ」がわかる本』など。

Foresight 2020年10月21日掲載

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