「3大派閥」を骨抜きにした菅首相「巧妙シナリオ」 深層レポート 日本の政治(215)

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 菅義偉内閣が発足して10月16日で1カ月となる。「秋田の農家出身」といった純朴なイメージが奏功したのか、内閣支持率は高い水準を維持し、滑り出しは順調だ。

 ただ、組閣と自民党役員人事では、長期政権化を見据えて信賞必罰を徹底させたようなしたたかな動きが目立ち、党内の3大派閥などには不満がたまり始めている。

 首相は早期の衆院解散を見送り、衆院議員の任期満了間近となる来秋に勝負をかける意向だが、この判断が政局に発展する可能性もある。

奏功した「庶民派」イメージ戦略

「私自身が7月にGo Toトラベル(の実施)を判断し、9月15日までに延べ1600万人が利用した。いろいろ心配されたが、(利用者のうち)新型コロナウイルスの陽性者が判明した方は25人だ。コロナ対策は感染拡大防止と社会経済活動の両立を実現すべく取り組んでいく」

 首相は10月9日の内閣記者会によるインタビューでこう語り、官房長官時代に肝いりで始めた観光支援策が成果を挙げている、と胸を張った。

 自信に満ちた表情を見せる背景には、世論の支持がある。

 政権発足直後の菅内閣の支持率は、『読売新聞』と『日本経済新聞』の調査でいずれも74%。政権発足時としては、2001年の小泉純一郎内閣、2009年の鳩山由紀夫内閣に次ぐ歴代3位の高水準だ。自民党政権に批判的な『朝日新聞』ですら65%と、2012年の第2次安倍晋三政権発足時(59%)を大きく超えた。

「私のような地方出身でたたき上げの『普通の人物』でも、総理大臣になることができた」

 総裁選では、秋田のイチゴ農家に生まれて高校卒業後に上京し、段ボール会社に勤務した経験などを語り、世襲型の岸田文雄前政調会長や石破茂元幹事長との違いを盛んにアピールした。

 SNS上でも、

「庶民の気持ちがわかりそう」

「飾らない雰囲気に好感が持てる」

 といった評価が目立つ。

 現段階では、「庶民派」というイメージ戦略が奏功しているようだ。

細田派は「うまく骨抜きにされた」

 しかし、菅首相が初めて手掛けた人事を見ると、およそ「庶民派」という言葉の持つ素朴な印象とはかけ離れた、永田町の住民でも驚くようなしたたかな仕掛けが随所に目立つ。

「菅はいったい何を考えているんだ! どこが支えて首相になれたと思っているんだ」

 組閣直後、周囲にこう怒りをぶちまけたのは、党内最大勢力の細田派に未だに強い影響力を持つ森喜朗元首相だ。

 関係者によると、森氏は組閣にあたり、官房長官か幹事長を細田派から起用するよう菅首相に求めた。これが無理な場合、森氏が「将来細田派を背負って立つ」と可愛がる萩生田光一文部科学相を党4役に抜擢するよう頼んだという。

 しかし蓋を開けてみれば、官房長官に起用されたのは竹下派の加藤勝信前厚生労働相だった。党四役の政調会長には、細田派から下村博文前選対委員長が入ったが、同氏は派で中心的な存在とは言えず、森氏とは疎遠だ。

 党幹部は、

「下村は就任後、『このまま長期政権を目指さなければならない』などと、首相への忠誠を盛んに口にするようになった。これまで特に親しい間柄でもなかったのに」

 とこぼす。

 とはいえ、細田派からの入閣は党内最多の5ポストで、萩生田氏は文科相に再任され た。 

 細田派幹部は、

「党4役に幹部が入り、派が冷遇されたとは言えない。『うまく骨抜きにされた』というのが率直な感想だ」

 と複雑な表情を見せる。

「麻生氏の足元を見たような人事だ」

 今回の人事をより苦々しく感じているのが麻生派だ。

 同派からも党4役に佐藤勉総務会長が起用されたが、領袖の麻生太郎副総理兼財務相が望んでいたのは、鈴木俊一前総務会長の続投だったという。

「80歳になった麻生氏は、麻生派の後継会長に親族の鈴木氏をあてがおうと考えている。今回の人事で鈴木氏の存在感を高めたかったが、菅首相が選んだのは衆院当選同期の佐藤氏だった。彼は谷垣グループ出身で、麻生派では亜流。首相と同じ総務族でもあり、麻生氏より首相の言うことを聞くだろう。麻生氏にとっては面白くない人事だ」

 麻生派の幹部はため息まじりにこう語る。

 麻生氏がさらに面白くないのは、二階派の武田良太前国家公安委員長が総務相に横滑りしたことだ。

 武田氏と麻生氏はどちらも地元が福岡だが、麻生氏に近い自民党の福岡県連執行部と武田氏が数年にわたり対立してきた経緯がある。

 総務相は、菅首相が肝いりで進める携帯電話料金の値下げを担当するだけに、今回最も目立つポストと言ってもいい。

 麻生氏に近い福岡県議は、

「武田に注目が集まれば、地元でも力がさらに強まりかねない。麻生は地元の衆院福岡8区で息子に世襲する時期を慎重に探っているが、力をつけた武田が横やりを入れてくる可能性もある」

 とまで語る。

 麻生派からは、河野太郎行政改革担当相も入閣したが、河野氏は菅首相と同じ神奈川県選出つながりで、「麻生氏より仲がいい」(首相周辺)。

 今回の総裁選では、自身の出馬を相談にきた河野氏に、麻生氏が「今はその時期でない」と激しく叱責し、2人の仲は険悪になったとされる。

 今回の総裁選で、麻生氏は従来の岸田氏への支持を捨て、菅首相を選んだ。これを受け菅首相は、細田派と同じように、麻生派に党4役の一角と副総理、行革担当相など3つの閣僚ポストを用意し、「厚遇」したように見える。しかし、派の受け止めは違う。

 組閣を終えた9月下旬のある夜、都内で麻生派の中堅・若手議員数人が総裁選の慰労会を開いた。

 席上、ある中堅は、

「麻生氏にとって厳しい内容ばかりだ」

 と批判。

 別の若手は、

「表立って批判できないが、あまりに麻生氏の足元を見たような人事だ」

 と憤ったという。

 もともと麻生氏と菅氏は、安倍政権下で消費税率の引き上げ時期や軽減税率導入の是非などをめぐって閣内で対立し、仲は良くなかった。麻生氏は表面上、菅内閣を支える姿勢を堅持しているが、側近議員にはこう不満を漏らしているという。

「岸田を切る、あれだけの決断をしたのに、馬鹿にしている」

二階派・石原派と3大派閥のに境界線

 一方、3大派閥の1つである竹下派にも、今回の人事に不満を募らせている重鎮がいる。同派で「ポスト菅」をうかがい、会長代行を務める茂木敏充外相だ。

 当面は、食道ガンから復帰した竹下亘会長の後継会長に就き、将来の総裁選に出馬しようと画策している。最近は派内の衆院議員の面倒を見て回り、衆院側には厚い地盤ができつつあった。

 しかし、茂木氏の戦略を崩しかねないのが、同じ派内の加藤勝信氏が官房長官に就任した人事だ。

 加藤氏の実家は島根県にルーツを持ち、同派の参院議員に強い影響力を持つ青木幹雄元参院議員会長と深い関係がある。加藤氏が菅内閣で目立ち、求心力が高まれば、派閥の後継会長の座は加藤氏へと流れかねない。

 茂木氏は外相に留任してとりあえずの面目を保ったが、菅内閣発足後は、派の所属議員と細かく会食を重ねている。これは焦りの裏返しでもある。

 3大派閥の複数の幹部は、幹事長ポストの死守に成功した二階派との間に「埋めがたい溝を感じている」(細田派幹部)とも打ち明ける。

 二階派は今回の人事で、「万年入閣待機組」などと言われてきた75歳の平沢勝栄復興相を閣内に押し込むことに成功した。党役員人事でも、党紀委員長に同派の衛藤晟一元少子化対策担当相が就任。

「他派と争いの多い衆院選挙区の調整でも、党の決定に従わなければ処分をちらつかせることができ、二階派の主張を押し通しやすい環境ができた」(党幹部)

 とされる。

 党内最小派閥の石原派も、菅首相や二階氏と連携を強めていた森山裕国対委員長の口添えで、坂本哲志一億総活躍担当相が入閣した。派内から閣僚が出るのは3年ぶりのことだ。

 今回の総裁選で、菅首相を党内7派のうち岸田、石破両派を除く5派が支持したはずだが、人事を終えた現在は、「菅首相と二階、石原両派」という枠組みと3大派閥の間に境界線のようなものができている。これが将来、政局の芽となる可能性もある。

 菅首相がこうした布陣を敷いたのは、「所属派閥より自らの支持を忠実に聞くメンバーを集めた」(首相周辺)という意味合いも強い。

 加藤氏は第2次安倍政権発足後、2年以上にわたり官房長官と官房副長官のコンビを組み、盤石の関係を持つ。河野氏や小泉氏は同じ神奈川県選出で、党4役に入った佐藤氏と下村氏、山口泰明選対委員長(竹下派)の3氏はいずれも衆院当選同期の間柄だ。

 そもそも、今回の組閣では全閣僚20人のうち、前政権からの再任が8人、他ポストへの横滑りが3人、さらに前政権で同じポストを経験した再登板組が3人を占めた。スキャンダルが掘り起こされる可能性の低い経験者の登用が目立つ。

年内解散を否定する菅首相

 こうした手堅い人事の狙いは何か。

 菅氏に極めて近い現職閣僚は、

「衆院選を来秋まで先送りし、その間堅実に政権を運営でき、なおかつ着実に実績をあげるためだ」

 と明け透けに語る。

 永田町では一時、菅内閣の支持率が高く、敵となる野党が政党合流の副作用に苦しんでいることを踏まえ、「10月25日投開票」「(菅首相の誕生日である)12月6日投開票」などと、年内に衆院選を行う日程案がささやかれた。

 今回は衆院議員の任期満了(来年10月21日)と首相の自民党総裁任期(来年9月末)が近接する。本来、任期間際の解散は避けようとするのが永田町の常識だろう。万が一、任期近くに内閣支持率が急落するアクシデントがあれば、「選挙の看板にならない」などとして、総裁選で「菅降ろし」の動きが出かねないうえに、野党が追及の手を強めやすく、「追い込まれムード」が高まるからだ。 

 当の菅首相自身も失敗経験があり、追い込まれ解散の怖さは身に染みてわかっている。

 菅首相は2008年、麻生太郎内閣で党選対副委員長として「就任直後の解散より、リーマン・ショックに伴う経済対策を優先すべきだ」と訴え、解散を先送りするよう進言した。

 これを受け入れた麻生氏は翌2009年、衆院議員の任期満了間際まで解散を遅らせ、自民党は野党に転落する歴史的大敗を喫した。

 しかし、菅首相はこうした懸念を考慮に入れる気配はない。

 周囲には、

「解散した直後に新型コロナの第3波が来たらどうなるか。今はじっくりコロナ対策にあたらないと、ご祝儀相場はたちまち政権批判へと転じてしまう」

 と説明するのだ。

「来秋解散」の思惑

 年内解散を見送った場合、来年1月に通常国会を召集直後、「菅カラー」がにじみ出た2020年度第3次補正予算案を編成して解散するという手もある。

 しかし、官邸関係者は、

「年明け解散は、2021年度予算の成立時期が来年4月以降にずれ込み、暫定予算の編成など混乱を招きかねない」

 と否定的だ。

 2021年度予算を早期に成立させ、3月末ごろに解散するという選択肢もある。

 ただ、この時期は7月に開幕予定の東京五輪に向けた最終準備が佳境を迎えそうで、解散という雰囲気ではないだろう。

 公明党幹部は、

「7月に任期満了を迎える東京都議選への準備を優先するため、来春の解散は絶対避けたい」

 とも語る。

 菅首相が年内解散を見送った場合、有力な選択肢は来年9月5日に東京パラリンピックが終幕した後から10月にかけて――となる可能性が高いのだ。

 一見すると、菅首相にとってデメリットしかないように見えるが、首相に近い二階派の幹部は、

「来秋の解散はかえって政権基盤を強くできる」

 と逆の見方を披露する。

「まず来年9月に総裁選を行い、その直後に内閣改造・党役員人事を行うことをちらつかせる。衆院解散は人事の後だ。こうなれば、選挙に近いことも相乗効果となり、総裁選は菅首相への忠誠心を競う場へと変わるだろう」

 菅首相が次の総裁選に勝利すれば、さらに3年間の総裁任期を手に入れる。仮に、最長4年後となる次々回の総裁選で出馬を見送ったとしても、子飼いの河野氏や小泉氏が出馬すれば、世代が上となる岸田氏や石破氏の出る幕はなくなる。

 解散を遅らせて次期総裁選の勝利を確実にし、自らの権力基盤を次の世代まで残す仕掛けも忘れない――。

「秋田の農家」出身の「素朴な首相」が考えるような芸当とは思えない。

 もっとも、この巧妙なシナリオはあくまで菅政権の運営が順調だった場合にのみ通用するものだ。

 もともと無派閥の菅首相は、党内で30人程度の若手議員を中心とした支持基盤しかなく、現在共闘する二階派と石原派を合算しても90人に届かない。万一、不満を募らせつつある3大派閥がそろって「菅降ろし」に動けば、約400人いる党所属議員の過半数が刃を向けることになる。

 党内に漂う菅首相への漠然とした不信感が何かの拍子に顕在化すれば、政権は一気に瓦解しかねない。

 来秋の解散という戦略が吉と出るか凶と出るか――。­­

Foresight 2020年10月16日掲載

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