ミスを乗り越えていくサッカーに学べ――村井 満(Jリーグ チェアマン)【佐藤優の頂上対決】

ビジネス 週刊新潮 2020年10月1日号掲載

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リクルートでの体験

佐藤 こうした有事の中で、サッカーをどう持続的に発展させ、ビジネスとして成立させるかは、経営者の力量に懸かっている。村井さんはそのへん強いと思うよ。リクルートで鍛えられたでしょう。

村井 入社して5年ほど経った時に未公開株譲渡のリクルート事件が起きた。ある一夜を境にいきなり激風が吹いてきた。会社の上空にはヘリコプターが飛び、オフィスから出ると記者が声を掛けてくる。

佐藤 私の逮捕前は、ある時から訪ねてくる記者が、政治部から社会部に変わったね。目つきが違うからすぐわかる。

村井 同じような国策捜査なのかどうかはわからないし、マサルほどたいへんな思いはしていないけれど、自分にはリクルート事件は非常に大きな出来事として残っている。

佐藤 今回の有事にその体験が生きたということはあった?

村井 それはない。リクルート事件はあくまで経営陣に関する問題で、僕は当時、求人広告の本を作っていたんだけれども、自分たちが誤った情報を掲載したとか、消費者に迷惑を掛けたとかいうわけではない。自分の仕事にプライドを失わないようにはしていた。その中で異様に激しいバッシングが起きた。だから逆に内部の結束は固まって、事件の翌年は増収増益になったんだよね。

佐藤 それでまた社会から叩かれた。

村井 そう。でも大きなスキャンダルが起きたり、リスクが降ってきても、そこで働く人の意識や、どこに向かうかというベクトルがしっかり合っていれば、組織はそう簡単には潰れないとは考えるようなった。僕は「生業(なりわい)文化」と呼んでいるけども、その会社が置かれている状況と従業員の意識を合わせ、生業から派生する本質的文化と経営を適合させていけば、会社は発展していくと思う。

佐藤 確かにリクルートは復活した。

村井 リクルートは一時スキャンダル塗れになって、就職しようとする人も少なくなった。その頃、僕は人事部に異動して、後には人事部長になったけども、当時、人事部が考えたのは、雇用を保証するのではなく、その人の「雇用される能力」を保証する会社になるということだった。逆に言うと、将来独立したいとか起業したいという人材を集める。内定者アンケートで、定年まで働きたいという人が3人でもいたら、その年の採用は失敗だと思っていたね。当時、3年で退職するキャリア・ビューという制度を作った。当初社内では大反対されたけども、そういう働き方を希望する人はいると思ったし、実際にいた。

佐藤 リクルートが独立して起業する人が多い人材輩出企業になったのにはそういう背景があったんだね。

村井 それが後々、数千人規模の新たな職制になっていき、外の情報が人とともに出入りするようになっていき、その中でいろんな事業が前進していった。

佐藤 人事が会社を変えたわけだ。

村井 リクルートにおけるメディアビジネスという生業の本質を「変化」に置いた。媒体も紙からネットに変化し、コンテンツも日々変化するからだ。そうした中で、三度の飯より変化が好きな人が集まり、職場が日々変化していけば、たとえ社長が逮捕されたとしても従業員の目の輝きは失われない。そのように生業から派生する企業文化と経営の打ち手を一致させていけば事業の成長は加速していく。

佐藤 面白いね。同じ銀行でもそれぞれ社風があるわけで、それに根差した経営が必要だということだね。

サッカーの本質は“ミス”

村井 ではJリーグでは何なのか。それを僕は「ミス」だと位置付けた。

佐藤 ミステイクのミス?

村井 そう。サッカーは人間が足を使う競技だから失敗が多い。プロが90分やって0対0で終了になるのは、いっぱい失敗しているからだよね。

佐藤 バスケットボールと比べれば、同じスポーツかと思うくらいに点数の入り方が違う。

村井 サッカーにはオウンゴールという言葉もある。手を使うスポーツではそんなことはまず起きない。つまり失敗が多く、それを乗り越えていくから、1点に感情が爆発する。

佐藤 確かにそれがサッカーだ。

村井 いまの社会は、AIとかいろいろなテクノロジーを使いながら、失敗する確率が低い方に誘導していく。だから失敗することが恥ずかしいし、隠すようにもなる。そこでサッカーの本質的部分が重要になってくる。Jリーグの組織内でも、ミスを恐れるなと、行動指針のPDCA(Plan, Do, Check, Act=計画、実行、評価、改善)の真ん中にミスを置いて、ここではPD“M”CAだと言っている。こうした生業の本質とマネジメントを繋げることをリクルートで学んだと思う。

佐藤 経営にサッカーの思想を組み入れた。

村井 サッカーには、オフサイドというルールもある。あるラインから前に出ずに攻めるのはなぜかと言えば、やはりゴール前で待ち伏せするような卑怯な戦いはすべきじゃないという精神性なんだね。

佐藤 効率的ではあっても卑怯なものはダメと。

村井 サッカーは失敗の連続だし、オフサイドや相手をリスペクトする試合前の握手など、フェアプレーの精神も内包されている。だから学ぶべきところが多い。

佐藤 今回のコロナでグローバリゼーションには歯止めがかかり、その後はインターナショナリゼーションが進むことになると思う。つまり国の壁が高くなり、国家間の軋轢が増す。そうなるとナショナリズムはより過激な方向に向かう。そんな中でスポーツを通じた国際交流はますます重要になってくるし、フェアプレーの精神も大きな役割を果たすと思うね。ただスポーツは相互理解と平和に使われるだけでなく、憎悪感情を増幅させる方向にも使える。だからそこをうまくマネジメントしないといけない。

村井 たぶん同質的なものを作りすぎるとおかしくなるんだろうね。

佐藤 だから底が抜けるように、どこかに穴を作っておく。それを意識してやっていくことで排他的にならずにすむ。

村井 まったく同感だよ。

佐藤 まだまだ先は見えないけども、いまのサッカーを取り巻く環境にどう対応していこうとしている?

村井 ステイホームで、家にいることが多くなったから、テレビとの接点が大きく変わり始めた。映画やドラマが見放題のサブスクリプションにみんなが慣れてきた。Jリーグもスポーツ中継定額見放題のDAZNとの間に10年間2100億円という大きな契約を結んで、今年、さらに契約を延長した。有料視聴の裾野が広がり、しかもスポーツは結果を知って見るのでは面白くないから、インターネット視聴との相性もいい。だから自宅視聴での臨場感を再生するテクノロジーにどんどん投資していくことになると思う。いまもミサイル追尾技術を導入して、ボールと選手を追いかけ、位置と時間情報を解析し、プレーのパフォーマンスデータを見せている。それをさらに充実させていきたい。

佐藤 ではスタジアムの方は?

村井 ホームアドバンテージという言葉があるくらいで、やはりサッカーは観客と選手で試合を作り上げていく。だからスタジアムに人を戻しながら、さまざまな試みをしようと思っている。幾つかチャレンジをしているうちの一つは、リモート応援システム。自宅視聴でもスマホをタップすれば、歓声がスタジアムで響き渡るようになる。いまは何秒かのタイムラグが出てしまうけれど、5Gならダイレクトに伝わる。スポーツは一大産業として投資の対象になっていく。新しい技術を使いながら、サッカーをもっともっと盛り上げていきますよ。

村井 満(むらいみつる) Jリーグ チェアマン
1959年埼玉県生まれ。早稲田大学法学部卒。83年日本リクルートセンター(現リクルートHD)入社。主に人事畑を歩き、2000年に人事担当役員に就任。04年にリクルートエイブリック(現リクルートキャリア)社長、11年海外展開ブランドRGFの香港法人社長を歴任した他、08年からはJリーグ社外理事も務め、14年より現職。

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