「携帯電話4割値下げ」で開くパンドラの箱 メディア支配・天下り・電波利権……政官財三つ巴の戦いが始まる

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根深い官民の癒着

 菅義偉総理大臣の実力をはかる試金石となりつつあるのが、携帯電話料金の値下げである。就任早々の担当大臣が「1割値下げ程度では改革にならない」「100%やる」とまで断言した以上、「できませんでした」では済まないだろう。

 当然、この件についてテレビも報道しているものの、実はあまり彼らが触れたくない問題がある。電波の割り当て問題だ。この件は複雑なうえに、テレビ局自体が当事者ということもあって番組では扱われることが少ない。

 元NTTグループ役員の山田明氏は新著『スマホ料金はなぜ高いのか』で、この問題を詳述している。そこから伝わってくるのは、官民の癒着の根深さだ。以下、同書をもとに見てみよう(引用はすべて『スマホ料金はなぜ高いのか』第8章「旧態依然の電波行政」より)。

 言うまでもなく、電波は私企業が自由にできるものではなく国の公共財。その電波資源を管理している担当省庁が総務省だ。

 その総務省が電波帯域を民間業者に割り当てる際に採用してきたのが「比較審査方式」。俗に「美人コンテスト」と呼ばれている。

 この方式では総務省が割り当てを予定している帯域について、使用を希望する民間業者が使用計画や基地局整備計画などを提案するところからスタートする。

「提案を受けた総務省の官僚は提案内容を電波監理審議会に審査させ、その答申に基づき提案に優先順位をつけて電波の配給先を決めていく。審議会の答申は尊重するが、最終的な判断は総務省の官僚が行うという裁量権限を持たせた方式で、最終的に決まるまでのプロセスが不透明になる」

 この方式を採用しているのは、先進国では日本だけだ。普通は「オークション方式」が採用されている。こちらの場合、入札価格が最も高い業者が落札して、電波が割り当てられる。

「オークションにかける電波帯域は通常いくつかのスロットに分割されるので特定の事業者に偏って落札されることはない。入札プロセスが透明で、恣意的な操作が入る余地もない」

 しかもこの方式では、業者から数千億~数兆円が国に支払われることとなる。

「言い換えると、比較審査方式は、電波官僚が携帯会社に補助金をバラまいているのと同じだ。しかも、バラマキ先は日本企業の中でも指折りの超高収益企業なのだ」

「天下り先」を確保したい総務省

 なぜこのようなバラマキが続くのか。山田氏はこう解説する。

「官僚が電波の経済的価値を勘案して優劣をつけ、事業者に割り当てる方式は裁量権限が大きく、政治的な介入も受けやすい。その裁量にすがりつくドコモやKDDIと、その言い分を聞くことで天下り先を確保したい総務省の思いが重なり、阿吽(あうん)の呼吸で大量の天下りが行われた」

 山田氏によれば、郵政省、総務省からはNTTグループ企業に数多くの元官僚が天下りしてきたという。この状況を彼は「官民サラリーマン共同体」が存在している、と厳しく批判する。

 そして、総務省の天下り先としてもう一つ見過ごせないのが放送局だ。

「総務省と放送・新聞などマスメディアの間には通信業界とは異なる関係があり、世の中にはほとんど知られていない。しかし、マスメディアが日本の電波行政の近代化を遅らせ、民主主義の危機とも言える状況を作り出している側面があるのだ」

破綻した「NOTTV」にみる深い闇

 ここで山田氏が挙げた官民癒着を象徴的に示すエピソードが、携帯端末向けのマルチメディア放送「NOTTV」の失敗に関するものだ。2011年、地上デジタル放送の開始に伴って、余ることになったVHF帯の電波をマルチメディア放送に割り当てることになった。

 この時手を挙げたのはNTTドコモと民放連のグループと、外資系企業とKDDIのグループだ。しかし総務省は外資系に割り当てたくなかった。そして当然、NTTドコモと民放連グループに免許が与えられた。

 こうして始まった「NOTTV」だが、2016年には1千億円の累計損失を計上して破綻し、サービス廃止に追い込まれた。

「廃止時の契約数は約150万台で、総務省に提出した計画のわずか3%だった。普通の企業経営であれば、これだけの損失を出せば大騒ぎになるところだが、ドコモとNTTグループは全く動じる気配がなかった。総務省もまた同様だった」

 総務省が「審査」したうえで割り当てた事業がここまで失敗したのならば、大問題になりそうなものだ。半沢直樹ならずとも審査の甘さを非難したくなるというもの。ところが、この件はほとんど世の関心を集めなかった。

「新聞やテレビなどマスメディアでは箝口令が敷かれたようで、このNOTTV破綻はまったくと言っていいほど報じられなかった。NTTやドコモは高収益企業のランキングでも常に上位に顔を出す。それはマスコミにとっては新聞広告やテレビ広告の大スポンサーでもあることを意味する。その機嫌を損ねることは、彼らが毎年支払う数十億~数百億円の広告宣伝費を失うことにつながる。

 放送事業を左右する電波の割り当て権限を持つ総務省の機嫌を損ねれば、恣意的電波行政を通じてテレビ局の首を絞められることにつながりかねない。NOTTVの件が示すように、テレビ局が日本のテレビ業界への新規参入を恐れていることはよく知られており、総務省に競争を促進する電波配分に動かれてしまうことはタブーなのだ。

 総務省の電波行政が、自民党のメディア支配力の源泉になっていることはよく知られている。自民党から政権を奪取した民主党政権は、電波法を改正して周波数オークションを導入しようとしたが、再び政権の座に就いた安倍内閣は民主党の路線を引っ繰り返して恣意的電波行政に戻してしまった」

携帯料金の4割値下げは十分可能

 もちろん、こうした事情を官房長官だった菅総理は熟知している。割り当て方式以外にも日本の電波行政には数多くのムダが放置されたままで、そのツケを払わされているのは国民だというのが山田氏の解説だ。ちなみに菅氏が、山田氏の著書を手にしていた姿を番記者が目にしたという情報もある。

 この問題に斬り込もうとした場合、官僚はもちろんのこと既存メディアをも敵に回すかもしれない。今は高い支持率に遠慮して、比較的穏やかな報道が目立つが、いつそれが逆になるかはわからない。

 安倍政権時代とは別の形での「官邸vs.テレビ」の抗争が始まるのだろうか。

 菅総理が総務副大臣や総務大臣だった当時、同省のシンクタンクで情報通信研究部長を務めていた山田氏に改めて話を聞いてみた。

「携帯事業者にとって、総務省から割り当てられる電波の帯域は経営上、死活問題なのです。通信基地局の建設を短期間かつ低コストで実現でき、経営に大きく貢献する価値の高い電波をプラチナバンドと呼んでいます。放送業界にはプラチナバンドを含めて低周波で使い勝手のいい電波が割り当てられていますが、そのうち有効に活用されているのは2割程度という分析もあります。使われていない8割の電波を通信業界向けに転用できれば、携帯料金の4割値下げは十分可能なはず。まずは総務省にテレビ用電波の活用状況を情報公開させることですが、菅総理にはあの粘り強い仕事ぶりで、今度こそ大幅値下げの壁を突破してほしいと思います」

デイリー新潮編集部

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