巨人「松原聖弥」にレギュラー獲りのチャンス到来、注意点は?【柴田勲のセブンアイズ】

スポーツ 野球 2020年9月29日掲載

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 巨人の独走が止まらない。9月25日からの対中日3連戦(東京ドーム)を3カード連続で勝ち越し、優勝マジックを「24」とした。

 マジックが点灯したのは15日で「38」だったが、一度も消すことはなかった。9月の今季最大のヤマ場となった13連戦を10勝1敗1分(1試合中止)で乗り切ったのが大きかった。リーグ連覇は確実だろう。

 前回の今コラムで、9月に入ると調子を落とした戸郷翔征に対してエールを送ったが、27日の中日戦で模範的な回答を出した。

 7回を打者26人に99球被安打4で無失点、四球がわずか1だったことからわかるようにコントロールがよかった。疲れも溜まっていたのかな。この日は中8日と登板間隔を空けたことも功を奏したのだろう。真っすぐが走っていたし、勢いもあった。真っすぐがいいと、フォークなどの変化球も生きる。1回こそ連打で走者を出したものの、あとは先頭打者をきっちり打ち取っていた。

 これで8勝(4敗)、新人王のライバルの広島・森下暢仁が6勝(3敗)だからいけそうな感じになってきた。まだまだ先はわからないが最後まで頑張ってほしい。

 29日からは10連戦だが、原辰徳監督は余裕の姿勢だ。ここにきて中継ぎの一角・大竹寛の出場選手登録を抹消した。腰の張りが理由だ。大竹は15ホールドでチームを支えてきた。亀井善行も左脚内転筋違和感で抹消中で大事を取った。ヘラルド・パーラも右ひざの状態は本物ではないようで、2軍で調整している。27日には育成から支配下契約したばかりのエスタミー・ウレーニャを「7番・左翼」で来日初スタメン起用している。

 無理をする必要はない。

 巨人は28日現在、83試合で53勝26敗4分で貯金27。残り37試合を18勝19敗で負け越しても勝ち数は71。2位・阪神は41勝39敗4分で、残り36試合を30勝6敗でいかなければ追いつけない。

 焦らずじっくりと戦えばいい。一方、今後の戦いでレギュラーの座がかかっている選手がいる。このところ「1番・二塁」で出場している吉川尚輝と「2番・右翼」の松原聖弥の2人だ。

 吉川尚は9月に2度サヨナラ打を放っており月間打率も4割近い。もう少し打席でしつこさが欲しいし、不調に陥ると長引くタイプだが、それを差し引いてもいい打撃をするようになった。守備は元々一級品だ。走攻守のすべてで、潜在能力の高さはだれもが認めるところだ。

 昨年は腰痛で出場試合数は11。ほぼ1シーズンを棒に振った。これまでは故障が多く強さが求められていた。今季、このまま完走できればレギュラーを手中にできるのではないか。巨人にとって二塁は長年の泣き所だった。それだけに吉川尚の存在は大きい。

 また、松原もスタメンで「外せない選手」になりつつある。

 小柄ながらもパンチ力がある。18年にイースタン打率トップになっており、その打撃には確かな裏付けがある。犠飛が欲しい時には期待に応える。粘って四球を選ぶ。ここぞの場面での勝負強さもある。

 それに彼にはプラスアルファがある。守備力、脚力、そして肩の強さだ。これが評価されるのだ。亀井は2軍で調整中だし、ゼラス・ウィーラーには一時の勢いがない。パーラもいまは無理をさせない方針だ。チャンスである。残り試合でこれまで以上にアピールしてもらいたい。

 いまは無心でバットを振っているが、慣れてくるとどうしてもボール球を振るようになる。ボール球を振って相手投手を助けないことだ。要注意だ。

 これは岡本和真にも言える。現在(28日現在)23本塁打、70打点でリーグトップに立っている。

 タイトルに近いのは打点だろう。4番打者には必ずチャンスが回ってくる。いまは丸佳浩が5番だが、前を打つ打者たちがお膳立てをしてくれる。

 好調を維持しているものの、調子を崩すとボール球を追いかけて振る傾向がある。しかも下からアッパー気味に振ってしまう。本人も自覚しているだろうが、ドッシリと構えて甘い球を待つことだ。

 通算本塁打868本を記録した王(貞治)さんが一番本塁打としてモノにしたのが第一ストライクで、次が3-2からのボールだったという。このカウントになると、どうしても投手に色気が出る。甘く来たところを餌食にしたのだ。

 いまの巨人打者では中島宏之が最も充実していると思う。自然体に構えて甘い球をキッチリと捉えている。打てそうな雰囲気が漂っている。

 ボール球を振って相手投手を助けない。どの打者にも言えることだが、徹底してほしい。リーグ連覇へ着実に歩を進める巨人。残り試合にも見どころがたくさんある。しっかりと追いかけていきたい。

柴田勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会副理事長を務める。

週刊新潮WEB取材班編集