医師「貫地谷しほり」がクレーマー患者に翻弄されて… 社会の闇を描く医療ドラマ

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「顧客優先」「患者第一主義」「都民ファースト」ってイマイチ信用ならない。優先やファーストと謳う時点で不遜な印象も。対等でいいと思うんだが。それでも今は「お客様は神様」で媚(こ)び諂(へつら)う世の中になっている。

 そんなスローガンを過剰に重んじる職場に勤め、モノ言えぬ被害者になっているのが医師の貫地谷しほり。「ディア・ペイシェント~絆のカルテ~」の話だ。異様なまでの患者様第一主義を掲げる私立病院で、貫地谷は問題のある患者(モンスターペイシェント)ばかりを担当。悪意に晒されるも、病院の事務方(升毅と浜野謙太)は真剣に取り合わず。むしろ貫地谷を窮地に追い込む目論見も匂う。味方だった同僚の医師(内田有紀)は医療訴訟も抱え、自ら命を絶ってしまう。優秀で真摯な医師が患者優先主義に追い詰められる。なかなかに重苦しいドラマでもある。

 貫地谷があまりに無抵抗で無力、かつ患者がやりたい放題なので、「さすがにやりすぎ」と思う部分もある。が、患者の傲慢を強調して描きつつも、病院側の無理解や反省点もきっちり落とし込む。トランスジェンダーが入院時に受ける苦痛は患者(戸塚純貴)が示唆、心と志のある介護士(笠松将)が暴言を機に離職してしまう厳しい現実も描く。社会問題総ざらい的なので、単純に主要人物だけでキャッキャしたい人には不向き。お涙頂戴の感動医療モノにしないところが私の好物だ。

 モンペはモンペで、家庭の背景も病気の経緯もさまざま。認知症の兆しがあるもののプライドが高く、息子とは没交渉のご婦人(鷲尾真知子)。威張り散らす寂しがり屋の認知症患者(竜雷太)。母の死に自責の念を抱き、極度の便秘に苦しむ仕事中毒女性(中島ひろ子)。ワンオペ育児で夫の不倫に悩み、過剰反応した母親(朝倉あき)。DV引きこもり息子(六角慎司)を庇う母(松金よね子)。貫地谷は理不尽なクレーマーに翻弄されるも、どこかで「助けを求められない人々」を救う使命感に駆られる。優しさだけではない、覚悟のある医師を、貫地谷が抑えめに好演。

 貫地谷が背負うものもある。認知症の母を施設に入れ、父と妹に任せっきりという罪悪感。実家の医院を継ぐには研鑽が足りないという向上心もあり、キャリア構築か継承かで葛藤もある。そんな真面目でまっとうな貫地谷に執拗に絡んでくるのが、田中哲司だ。

 夜の院内で待ちぶせし、診察時には無理難題。距離が異様に近く、笑福亭笑瓶のような眼鏡も異常さを強調。さらにブログでデマを書き散らす。母の介護疲労で異常を来したようだが、世間を呪い、親の施設入居を悪として、貫地谷を責めたてる。介護離職で困窮した悲しき事例でもある哲司。

 哲司の狂気に怯えるも、努めて冷静に対処する貫地谷。理解者は元刑事で警備員の平田満だが、やや弱い。患者とのトラブルは警察沙汰にせず、穏便に済ませる病院の方針が問題。哲司の蛮行は罰せられるか、哲司は被害妄想から抜け出せるか、その裏にある医療業界の過当競争は裁かれるのか。結末に救いはあるのかな?

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2020年9月24日号掲載

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