中国は経済を戦時体制に移行か コロナ禍がもたらすグローバル化の終焉

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「1980年から続いた世界のグローバル化の時代が終焉に近づいており、今後『混乱の世紀』を迎える可能性がある」

 このように主張するのはドイツ銀行である。ドイツ銀行は9月8日、過去200年にわたる市場の動きを概観した分析を公表したが、その中で「グローバル化の反転は以前から指摘されていたが、コロナ禍でその動きが加速している」と述べている。

 18世紀後半に産業革命が始まって以来、世界経済は2つの大きなグローバル化の波を経験してきた。

 グローバル化の最初の波は、19世紀半ばから始まり、1914年の第1次世界大戦勃発まで続いた。鉄道、蒸気船、電信、電話などの革新的な技術により、人、資本、情報などが国境を越えて移動するコストが大幅に低下したからである。

 1980年頃から始まったグローバル化の第2の波の立役者は、飛躍的に発達した情報通信技術である。モノ、サービスの国境を越えた移動がかつてないほど容易になったことに加え、中国の改革開放とソ連崩壊などもこの動きを加速した。

 グローバル化により最も恩恵に浴してきたのは多国籍企業である。

 通商条約を利用して政府や規制からの独立性を主張し、グローバル化がもたらす機動性を最大限に活用している。通商条約はたしかに保護主義を抑え込む効果があるが、「多国籍企業ばかりが儲かっている」との批判も高まっている。

 だが40年近く続いてきたグローバル化の第2の波は、新型コロナウイルスのパンデミックによって大打撃を受けている。パンデミックがグローバル化によって構築されたサプライチェーン(世界的な供給網)の脆弱性を露呈させたからである。

 米国と中国の間の緊張が高まる中、世界各国が戦略的に重要な製品などを優先的に確保しようとする動きも強まっており、グローバル化にとってマイナス材料が続いている。

 多国籍企業は今までのところ、「米国と中国の対立が激化してもなんとか中立を保ち、これまでと同様グローバル化の恩恵に浴したい」と考えているようだが、その望みは叶えられるのだろうか。

 トランプ大統領は7日、「米国が中国との取引をやめれば、多額の資金を失うことはない」と述べ、米中経済の「デカップリング(切り離し)」について改めて言及した。民主党の大統領候補であるバイデン氏も9日、米企業の国内回帰を促すため、海外生産に「懲罰税」を課す新税制案を発表している。

 米国はこれまで中国による技術窃取などを問題視してきたが、ここにきてイデオロギー面での非難を強めている。サプライチェーンの脆弱性への懸念は、米国政府が発信する反中国の主張が示すとおり、国家安全保障に対する懸念へとヒートアップしているのである。

 米中対立のおかげで台湾は「漁夫の利」を得ている。

 中国通信設備企業ファーウェイに対する米国政府の制裁により、台湾の8月の輸出額は過去最高となり、中でも半導体など電子部品は前年比19%増の125億ドルとなった。

 チェコの上院議長らの台湾訪問に合わせて米国が主催した9月4日のファーラムで、米国と台湾は、コロナ禍に伴うサプライチェーンの再構築に向け、自由や民主主義など価値観を共有する「同志国」に協力を呼びかけた。参加したのはチェコ、日本、EU,カナダの代表らである。台湾の蔡英文総統も8日、台北で行われたアジア太平洋地域の安全保障に関するフォーラムで演説し、「中国が周辺地域で示している拡張主義に対し、民主主義諸国は経済統合で立ち向かおう」と呼びかけた。

 中国も負けてはいられない。

 習近平国家主席は最近、中国への敵愾心に満ちた国際社会の動きを対抗するため、経済の自給自足を高めようと躍起になっているが、このような対応はデカップリングをさらに加速させてしまう可能性がある。

 目につくのは中国がこのところ輸入に依存する戦略物資の備蓄を急いでいることである(9月6日付日本経済新聞)。原油輸入量を前年比1割以上も増加させ、小麦、コメ、トウモロコシなどの穀物在庫も記録的な高水準に引き上げている。車載電池に使うコバルトや肥料原料のカリウムなどの調達も急ピッチで進めている。

 中国の指導部は、米中対立の激化でドルで決裁される物資の調達に制約を受けることを危惧しており、経済を急速に戦時体制に移行させている可能性がある。

 グローバル化の最初の波の後に2つの世界大戦が起きたが、第2の波の後にも恐ろしい結末が待っているのだろうか。

「経済的な相互依存が戦争を抑止する効果がある」との指摘があるが、2度の世界大戦の主要参戦国の間には高い水準の経済的な相互依存関係が存在していた。戦争と経済の関係に実証研究によれば、「『戦争をする』という決断は、現在の貿易の水準ではなく、将来の貿易の見通しによって左右される傾向が強い」ことがわかっている。

『グローバリゼーションの終焉―大恐慌からの教訓』の著者であり、経済史が専門のハロルド・ジェイムズは、「グローバル化がもたらすルールの体系が正当化を失うと必然的に国際的な対立が激化することから、過去のグローバル化は戦争とともに終わりを告げている」と結論づけている。

 にわかには信じがたいことだが、まさかの備えを怠ってはならない。「汝、平和を欲するなら、戦いに備えよ(4世紀のローマ帝国の軍事学者ウェゲティウス)」である。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年9月17日掲載

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