今タイ王室で何が起きているのか 日本に亡命、カギを握る「タイ人教授」独占インタビュー

国際 2020年9月12日掲載

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流血への懸念

――8月10日にタマサート大で開かれた抗議集会には、博士はビデオで参加されていました。9月19日にも、同大で過去最大規模(参加者予定5万人=主催者見込み)の反政府、王室改革を求める抗議集会が予定されています。奇しくも9月19日は、2006年にタクシン政権を打倒した軍事クーデターが勃発した日です。さらに今回の抗議集会は8月の時と異なり、1976年10月6日の「10月事件(血の水曜日事件)」で学生が大量虐殺された時と同じキャンパスで実施されるようです。深い意味がありそうですね。

「今の学生たちは、非常に勇敢です。これまでのタイの長い民主主義、民主化運動の歴史もよく知っています。あえて、あの場所を選んだのは、王室、現政権、軍上層部への彼らへの強いメッセ―ジです。絶対、あきらめない、という」

――博士は今回も参加されるのでしょうか。

「学生から招待は来ていません。今の時点では、わかりません」

――招待されれば、参加されますか。

「センシティヴな問題ですね」

――悲劇を生んだ因縁の場所ですが、歴史は繰り返されると思われますか。

「はい、その可能性は十分あります。今は現政権も時間を稼ぎ、法的措置で学生や弁護士などの反政府活動家を逮捕し、粛清し、学生らに圧力をかけ、運動を排除しようとしています。が、強権を使えば、学生はさらに反発するでしょう。政府や軍の堪忍袋の緒が切れた時、最悪の“流血の事態”に発展する可能性はあります」

――プラユット政権は9月に入り、8月に就任した財務大臣が辞任、7月にも複数の主要閣僚が辞任するなど求心力に陰りがみえます。首相辞任や軍事クーデターの噂も飛びかっています。

「プラユット首相は、内憂外患です。(軍部からの圧力も含め)利権争いなどで政権内の問題も多く抱え、反政府運動にも学生の要求に応えることができず、首相としての手腕が問われ、安定した政権運営に懸念の声が上がっています」

――タイは東南アジアで第2位の経済規模を誇り、日系企業が5000社以上進出する日本経済にとって重要な投資先です。海外の投資家も、運動の成り行きを注視しています。

「政権の不安定材料は、タイ経済にとってマイナスです。海外からの投資熱を削ぐ影響はあるでしょう」

――2014年5月のクーデターにより、当時の米オバマ政権など欧米諸国はタイと距離を置き、代わりにタイは中国との関係が経済だけでなく、軍事安全保障の面でも緊密化しています。中国はタイの現状を注視しています。一方、米国は南シナ海など地政学的に重要なタイを刺激し、カンボジアのように中国に依存することがないよう、今のタイの民主化運動を表面的には静観しています。パヴィン博士は、元外交官で英ケンブリッジ大や米スタンフォード大などで教鞭、研究に携わり、学者として国際的にその研究業績が高く評価されています。欧米からの視点もお持ちかと存じますが、海外から運動はどう見られているのでしょうか。

「タイへの民主化と国際関係という位置づけを分けて考えなくてななりません。タイの民主化という意味では、中国はタイの民主化には興味がありません。米国とは同盟関係ですが、今、米国は国内事情に追われています。外交関係という意味では、タイにとって、米中双方は重要な国です。一方、現在のタイ政府はいわゆる独裁体制を敷いているわけで、そういう意味では中国との関わりは非常に重要でしょう。さらに中国にとって、一帯一路の戦略的ルートに組み込まれているタイとは、経済的にも軍事的にも、現政権と関係を緊密にすることは国家的重要課題です」

――米中の動きはアジア諸国に大きく寄与するわけですが、11月の米大統領選で民主党が勝利した場合、タイの民主化運動への関与は期待できますか。

「米国の外交関係において、重要度が高いのは、中近東、欧州、そして中国、日本です。そういう意味ではアジアにおけるタイの重要度は高くなく、政権が変わったからといって、民主化への働きかけが大きく変化するとは思いません」

日本で襲撃され…その後は

――パヴィン博士は、日本で最初の軍政による政治的難民として認定されました。今後も日本に留まられる予定ですか。

「もちろんです。誤解をされている方がいるかもわかりませんが、私は2014年にクーデターで軍事政権が成立する前の2012年に、京都大学から准教授として迎え入れられました。博士号はロンドン大学で取得しましたが、修士号は埼玉大学で授与されました。日本を拠点に反政府活動をするために日本に来たわけではありません。私は大学教員で、教鞭をとることが私の一生涯の仕事で、京大の職は終身雇用です」

――今回、王権護持派の市民団体が複数回にわたり、日本政府に対しパヴィン博士の強制送還を求めています。

「まったく気にもとめていません。彼らが主張することは事実ではなく、法的にも根拠がないことです。私はタイからはパスポートも剥奪され、選挙権もありません。日本から難民として認定されており、日本政府の保護下にあります」

――日本政府や京大から、“おとなしくするよう”、指示を受けていますか。

「いいえ、全く受けていませんし、王室擁護派による私の強制送還に関することも一切、連絡も何も受けていません。私は常日頃、タイ語による執筆物やメディアのインタビューなどでも表明していますが、日本政府、警察などの行政機関、京都大関係者、日本の皆様への感謝の意を伝えています。日本は大好きな国ですし、感謝の気持ちでいっぱいです」

――昨年は、博士が京都の自宅で“何者か”に襲撃され、火傷を負う事件も起きました。

「身の安全については不安もありますが、タイ軍政から逮捕状が発行され、パスポートも剥奪され、東京のタイ大使館に行けば逮捕される可能性もある中で、日本で政治的難民に認定されている立場です。日本政府が守ってくれると信じています。私は警察と居をともにしているわけではありません。自宅の前に警察がいるわけでもありません。そういう意味では100%安全とは感じません。再び襲われるかもしれませんが、日本の警察は引き続き犯人特定など捜査を続けて頂いております」

――今、何を願っていますか。

「タイ政府は、私を“タイ人”と認めたくはないのでしょうが、私は祖国を愛しています。一人の人間として、タイ人として、その祖国に民主主義が訪れることを心から願っております」

パヴィン・チャチャワーンポンパン(Pavin Chachavalpongpun)
京都大学東南アジア地域研究研究所准教授。タイ外交官としてシンガポールやミャンマーなどに駐在。タイ外務省退職後、シンガポール東南アジア研究所(ISEAS)、英ケンブリッジ大、米スタンフォード大で研究、教鞭に携わる一方、米ハーバード大、イエール大、英オックスフォード大など世界有数の大学で講義を行ってきた。2012年より現職。埼玉大修士課程修了、英ロンドン大(東洋アジア研究学院)博士課程修了、博士号取得。タイ政治、国際関係、外交分野が専門。

末永恵(すえなが・めぐみ)
マレーシア在住ジャーナリスト。マレーシア外国特派員記者クラブに所属。米国留学(米政府奨学金取得)後、産経新聞社入社。東京本社外信部、経済部記者として経済産業省、外務省、農水省などの記者クラブなどに所属。その後、独立しフリージャーナリストに。取材活動のほか、大阪大学特任准教授、マラヤ大学客員教授も歴任。

週刊新潮WEB取材班編集

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