在宅介護者は泊まりの出張に出ることができるのか──在宅で妻を介護するということ(第8回)

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「何かあれば私の責任」の一札を入れ外泊

「在宅」は家に縛られる。当時は経鼻経管栄養による栄養剤投与(1日2回)と1日3回のおむつ交換がマストで、その時間は必ず家にいなければならない。栄養剤投与は2時間近くかかり、その間管を外してしまわないよう見守るのが原則だった。

 したがって、外出できるのはそれ以外の時間となり、外食や買い物など1時間が限度。介護者はそこのところを覚悟しなければならない。むろん外泊はできない。1泊旅行はもちろん、タクシー代がもったいないからとサウナに泊まるのもダメ。ショートステイ(短期入所生活介護)が可能な身体状況になるまで、外泊禁止である。わが家の事情を知るクライアントは、気をきかせて遠方の仕事はまわしてこなくなった。

 2月の中旬、西伊豆・土肥温泉での取材があった。福祉ロボットの研究発表会の模様を記事にまとめる仕事で、近県だから日帰りで済むはずだ。しばらく家にこもっていたので気分転換したい、早咲きの河津桜が見られるかもという期待もあり、その仕事を受けた。

 ところが、数日前にクライアントから電話があり、「特急やバスの乗り継ぎが最悪で、前泊しなければならない」という。私は首をひねった。

 今どき、新幹線や飛行機を使えば、国内で日帰りできない仕事はほぼないからだ。現に、八戸(青森)まで余裕で日帰りしたこともあり、まさか伊豆くんだりで泊まりになろうとは……。しかし時間も迫っていて断われない。

 スケジュールに照らしてみると、初日の晩と翌朝の栄養剤投与とおむつ交換、翌朝のインシュリン投与ができない。だが、初日はうまい具合に訪問看護が午後3時に入っているので、早めの食事とおむつ交換をお願いするとして、翌日が困る。帰宅は早くて夕方5時ころ。まる1日水分も食事も与えられない状況が生まれてしまう。おむつの方は我慢してもらうとして、脱水症状が怖い。

 ケアマネに相談すると、翌朝の栄養剤投与は特別にケアマネのご好意でやってくれることになった。介護事業所がご近所にあるとこういうときに助かる。だが、主たる介護者である私が一晩家を空けることは、「在宅」の安全を指導・監督する居宅介護支援事業所としては容認できない事態という。

 困ってしまった。結局、「もしも妻の様態が急変したら、全責任は私が負います」という一札を入れることで、何とかその晩の不在は許してもらった。

 このように、介護者は原則として家を空けられない。不自由だと思うが、これが「在宅」を担うということである。このことがあってからは、地方取材は近場でもしっかり乗り継ぎを確認してから受けることにした。地図上の距離と到達時間は別物である。千葉県民の私にとって、西伊豆は北海道や沖縄よりもはるかに遠いのである。

 遠い親戚より近くの他人。こんなときに気軽に留守番をお願いできる隣人がいればいちばんいいが、さすがに家に上がって女房の世話をしてくれとは言い難い。可能性としていちばん考えられるのはホームヘルパーだろう。「見守り」だけの理由でヘルパーを入れることはできないが、おむつ交換や食事の世話の名目で来てもらうことはできる。「ヘルパーさんがやることくらいは自分でできるし、やらねば」との思いから除外してきたが、助っ人の持ち駒が多くて困ることはない。家の事情を理解し臨機応変に動いてくれるホームヘルパーの必要性に、今回初めて気づかせてもらった。

平尾俊郎:1952(昭和27)年横浜市生まれ。明治大学卒業。企業広報誌等の編集を経てフリーライターとして独立。著書に『二十年後 くらしの未来図』ほか。

2020年9月10日掲載

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