なぜ僕たちは「社交ダンス」に魅了されたのか 周防正行×二宮敦人

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どんなに激しく動いても髪を揺らしてはいけません

周防 二宮さんの本を読んで、社交ダンスの一種である学生競技ダンスという世界をより深く知ったわけですが、これは汗と涙と笑いの理不尽ワールドですね。「変わった青春」は本当におもしろい。大学生たちの声が聞こえてくるようでした。競技ダンスは技を競い、審査され、順位をつけられるから「競技」なんですよね。

二宮 ありがとうございます。「Shall we ダンス?」(1996年)で描かれたのはダンス教室でしたよね。映画では主人公の役所広司さんたちがダンス大会にも出場しますが、体育会の学生競技ダンスとは違うものでした。この本ではぼくが大学時代の4年間を捧げ切った一橋大学の「体育会競技ダンス部」での経験を書いたのですが、たしかに奇妙な世界だったと思うんです。たとえば、試合前にジェルを使って髪をかちんかちんに固めるんですが、これはどんなに激しく動いても髪を揺らしてはいけないというルールがあるから。そのほかにもいろいろ細かいルールがあるのに、肝心の試合の勝ち負けは「どれだけ目を奪われたか」という審査員の主観で決まるんです。試合ではたくさんのカップルが一斉に踊るので、数カ月の練習がわずか10秒でジャッジされてしまう。

女性の先輩の「狂気の笑顔」

周防 練習も変わってますよね。

二宮 一言で言えば、怪しいんです。体育館で練習するんですけど、たとえば、鏡張りの壁に向かって自分がかっこいいと思うポーズをひたすらとりつづけたりします。威嚇するように両手を広げたり、海藻みたいにゆらゆら揺れてみたり。かと思うと物憂げに俯(うつむ)いたままの人がいたり。ちょっと気障(きざ)に首の角度を変えてみては、「違う……」って感じでため息をついたり。

周防 二宮さんの言う「ナルシストの練習」ですね。

二宮 あと、とにかく笑顔を求められるんです。自分の限界まで笑顔を作っても、「全然足りない」「気持ちが伝わってこないよ」「もっともっと!」と際限なく要求されて、頬の筋肉がつりそうになります。練習中、視界の端に異様なものを感じて振り向いたら、女性の先輩がこっちを見て笑っていたということがありました。笑っていたというか……、あと一歩で顎が外れ、目が飛び出して、顔が四方八方に飛び散ってしまいそうな笑顔です。自分の限界を思いきり飛び越えていて、激怒というか狂気というか、一言で言えば「この世ならざるもの」の顔でした。

周防 ……。

二宮 練習の時、女の子のほうをぼーっと見ていたことがあったんです。そうしたら先輩に声をかけられて。てっきり注意されるのかと思ったら、「もっとちゃんと見ろ」と言われたんです。「もっと目を合わせて。合わせたら絶対にこっちから目をそらすな。こっちを見ていない子がいたら気合と笑顔で振り向かせろ」と。

周防 ははは。

二宮 一瞬でジャッジされてしまうのが競技ダンスですが、審査員の目に留まらなければ、その一瞬すらない。見られてなんぼの競技だから、ということでした。それに試合で同じくらいのうまさの選手が一緒に踊っていたら、自信満々で踊っている選手を評価したくなるだろ、と。

周防 なるほど、アピールの練習か。試合で飛び交うエールも独特ですね。

二宮 はい。「種馬」とか「鯖味噌」とか「亀仙人」とか、選手のあだなを絶叫して応援するんです。入部と同時に問答無用で命名されるんですよ。たまたま着ていたTシャツの絵柄で「タバスコ」とか。出会い頭につけられたあだなは4年間変わりません。

周防 それは他大も同じ?

二宮 はい。あれ、何なんでしょうね。

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