ロシアが開発した新型コロナワクチンの評価はいま一つ 日本も相手にせず?

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 プーチン大統領は8月11日、ロシア保健省が開発した新型コロナウイルスワクチンを認可したと発表した。世界で初めて認可されたワクチンは、ガマレヤ国立研究所で開発され、安全性や効能を確認する最終段階の臨床試験が続行中である。

 ガマレヤ国立研究所は「政府が来年1月末までに月産500万本分の体制を整えることを計画している」と明らかにしており、生産の一部はブラジルでも行われる予定である(8月13日付ロイター)

 ロシア製のコロナワクチンは「スプートニクV」という名前で海外市場において販売されることになっており、既に海外から10億回分のワクチンの注文を受けているという(8月12日付ニューズウィーク)。

 プーチン大統領は「娘の1人がワクチンの接種を受けた」と安全性を強調しているが、2ヶ月弱のみの臨床試験で認可されたことから、世界保健機関(WHO)は11日、「ワクチン認可には安全性について厳格な審査が必要である」と否定的な見解を示した。

 ロシアの当局者は新型コロナウイルスワクチンに関して米国に協力を申し出たが、米国側は消極的な態度を崩していない(8月14日付CNN)。加藤厚生労働大臣も12日、ロシアが承認したワクチンの輸入や日本での承認の可能性について「すぐにということにはなっていない」と慎重に対応する考えを示した。

 一方、ロシア製ワクチンについて積極的な反応を示す国々も現れている。

 フィリピン政府は今年10月にロシア製ワクチンの臨床試験を国内で開始する見通しであり、ベトナム政府はワクチンの購入をロシア側に申請した(8月14日付ロイター)。サウジアラビアやアラブ首長国連邦も、ロシア製ワクチンの臨床試験の実施で基本合意に達した(8月17日付ブルームバーグ)。

 ロシアと友好関係にある中国も国家主導によるワクチン開発を積極的に進めている。国内では9つのワクチン候補の臨床試験が進行中であり、そのうち5つが最終段階にある。

 ロシアや中国がワクチン開発を主導する現状から、「世界のワクチン開発は公衆衛生より政治が優先されるのではないか」との疑念が生じている。ロシアや中国との対抗意識が強い米国でも「ロシアや中国は既に認可しているではないか。安全性の審査はもう十分だ。我々は中ロに負けるわけにはいかない」という声が高まり、衛生当局の制止を振り切り、安全性が確認されていないワクチンが承認され、ワクチン接種を受ける人々がリスクにさらされるのではないかとの危惧がある。

 さらに経済面からの要請で、世界の指導者達の間で「少々の犠牲を払ってでもコロナ禍を短期間のうちに封じこめなくてはならない」との思いが強まっている可能性がある。

 今年の世界経済の成長率は戦後最悪になるのは確実な情勢であるが、マイクロソフト社の創業者ビル・ゲイツ氏によれば、世界が新型コロナウイルスの封じ込めに成功するのは2022年末になるとの見込みである。

 WHOは13日、「世界各国が新型コロナウイルス対策のために既に支出した費用は数兆ドルに上り、今後2年間の累積損失額は12兆ドル以上になる」との試算を明らかにした。国際通貨基金(IMF)は「主要20カ国(G20)が財政浮揚に投入した金額は既に10兆ドル以上となり、リーマンショック後の対策に投じた金額の3倍半を超えた」と指摘している。

 世界経済、特に発展途上国の経済は、新型コロナとの長期戦に耐えられないのである。
 しかし、ワクチンができたとしても、新型コロナとの闘いは続くだろう。

 新型コロナウイルスはインフルエンザと同様、人間の感染症として定着してしまった現在、根絶できる可能性は低い。

 ワクチンは感染防止に寄与すると期待されるが、ウイルスとの闘いの記録は芳しくない。これまで根絶できたウイルスは天然痘のみである。残りのウイルスの場合、感染拡大を抑制する効果があるに過ぎない。

 インフルエンザの流行は現在あまり恐れられていないが、決して軽い感染症ではない。

 2018年から2019年にかけての流行期における日本での感染者数は約1200万人、死者数は約3300人である(新型コロナウイルスの死者数の約3倍)。入院者数は約2万人に上り、そのうち4パーセント弱はICU(集中治療室)で治療を受け、2パーセント弱は人工呼吸器が装着されている。インフルエンザ・ワクチンの有効性は30~40%であり、20世紀末に開発された治療薬(タミフル等)の効果も限定的である。

 新型コロナウイルスの場合、感染すると抗体の力でウイルスを排除した後も、細胞から分泌される「サイトカイン」が過剰放出され(サイトカインストーム)、肺炎などが長引き、その後も後遺症に苦しむことが人々の恐怖心を煽る原因となっている。

 筆者は以前から、サイトカインストームを引き起こすインターロイキン6の分泌を抑える関節リウマチ薬(アクテムラ)を推奨しているが、米国ボストンメディカルセンターは4日、「感染初期にアクテムラを投与すると非常に有効であり、コロナ治療薬として既に承認されているレムデシビルやデキサメタゾンより効果的な治療が可能である」との研究結果を発表した。

 不確実性が高いワクチンに頼るよりも、アクテムラを広く治療現場で投与することのほうが、新型コロナウイルスと共存できる近道ではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年8月26日掲載

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