コロナはドラマ制作をどう変えるか 登場人物は全員マスクに?(中川淳一郎)

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 これからのテレビドラマについて考えてみます。多くの制作者が「2020年より前」を描きたくなるでしょう。この半年間、常にコロナの脅威に怯え続けてきた日本では、マスク着用者が大多数となり、カップルが手を繋いで歩いているだけでも「そこの2人、くっつき過ぎ!」と「濃厚接触警察」が出てきそうな勢いです。

 飲食店では、入る前にアルコール消毒が求められ、テーブルにはアクリル板まである。大声で騒ぐグループは見られなくなりました。店員は全員マスクをつけている。これからもこの傾向は続くことでしょう。

 最近のドラマや映画はリアリティが求められるだけに、こういう状況を描くのって制作者からすれば「勘弁してくれよ」となるはず。だって、道を歩く人はほぼ全員マスクをしていないとリアリティがないわけで、街で一目ボレした美女、みたいな展開は成り立たない。

 馴染みの居酒屋の縄のれんをくぐって「よぉ~、冷えるね」「山さん、待ってたよ!」なんていうシーンでも、マスク姿の山さんはそこでさりげなくアルコール消毒をする描写がなくてはいけない。山さんに秘めたる思いを持つ店員・アケミも、マスクをしているので山さんに自分の外見的魅力を伝えきることができないし、無駄話もできない。

 1980年代のドラマで、恋人がすれ違いになったり出会えなかったりというのは、携帯電話がない時代だからこそできた演出です。当然、今の若い人にはピンとこないわけですが、これと同じように、近い将来には、2019年以前の作品は「マスクをしていない人だらけ」「衛生観念がない人・店だらけ」なので、ピンとこないという人が続出するかもしれません。

 コロナが終息すれば、マスク着用率はかなり減るとは思いますが、アルコール消毒の習慣は残るでしょうし、大人数での宴会、路上でのキスやハグ、スポーツ観戦時のハイタッチといった行為がタブー視され続ける可能性はあります。

 この半年で我々は衛生観念が劇的に向上してしまったのです。接触行為は、人と人との親密さや仲の良さを端的に表すものなのに、これらをドラマで描くと、「ウイルス感染拡大を助長するのか!」などと、“良識派”がテレビ局にクレームをつけるはず。

 そうなると、今年以降の世界は作品の舞台から敬遠されることになるのでは。何しろ今や、過去作品のタバコを吸うシーンやヘルメットなしでのバイク運転、シートベルトをつけない刑事も自主規制の対象に。それに加え、マスクをしない店員や、サラリーマンものの会議での丁々発止、口角泡を飛ばす議論もご法度になる。会議ではソーシャル・ディスタンス、とばかりにバカでかい会議室にまばらな人数がいる状態に。

 医療モノにしても、米倉涼子演じる大門未知子は手術シーン以外でもマスクをし、あまつさえ防護服まで着ている。膝上スカートで美脚見せまくり!なんてことはできなくなってしまうかもしれません。

 作品制作にあたっては人種の割合を考えよとか、現実に即せとかいちいち面倒くせー。フィクションを見ている、って考えればいいだけじゃないですか……。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2020年8月13・20日号掲載

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