「今秋解散・総選挙」ありやなしや 深層レポート 日本の政治(211)

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 東京都知事選が終わり、政局は「衆院解散・総選挙」に向かって回り始めている。

 今後の政局を占う上でポイントになるのは、まず衆院解散の時期、そして自民党内「ポスト安倍」候補者の動向、さらに野党では都知事選での分裂選挙を踏まえた野党共闘の構築の3点になる。そして、これらの政局の読みの底流には、新型コロナウイルス感染拡大という特殊事情が密接に絡んでいる。

3つのタイミング

 それなりの政治の玄人が、衆院解散の時期を読むと、その予測はたいてい今秋ということになる。なぜなら、他の時期には衆院選を実施しにくいからだ。

 衆院議員の任期は来年10月まで。当たり前だが、その時期までに必ず衆院選は実施される。

 新型コロナ禍などの特殊要因を除いて、純粋に政治日程だけを考えれば、衆院選を実施できるのは、(1)今秋(2)来年春(3)任期満了の来年秋――の3つのタイミングだろう。

 他にも衆院を解散できる時期はいくらでもありそうなものだが、通常国会での予算案審議(例年1~3月)、東京五輪・パラリンピック開催(7月~9月)、このほか外交日程など重要案件がある時期を避けて考えると、有力なのはこの3つの時期に絞られる。

 ちなみに、東京五輪が本当に開催されるかどうかはまだ分からない。ただ、現時点で政局を読むとすれば、開催を前提に読むしかない。

 このうち(3)の任期満了については、安倍晋三政権の実力者である麻生太郎副総理兼財務相が猛反対していると言われる。

 そもそも、任期満了での選挙は与党にとってあまり良いことがない。思い起こせば2008年9月、首相に就任した麻生氏は、すぐに解散総選挙を断行すると思われていた。しかし、リーマンショックが日本を襲い、日本経済が大揺れの中での衆院選実施を躊躇した。結局、任期満了直前の2009年7月にようやく衆院は解散された。いわゆる「追い込まれ解散」である。

 解散は首相の専権事項であり、首相は解散する時期を恣意的に選ぶことができる。しかし、この時のように任期満了直前まで解散できずにいると、解散可能な時期はどんどん絞り込まれていき、野党にも解散時期が予測可能になってくる。予測可能な選挙に向けて準備をしない間抜けな候補者はいない。すべての候補者が準備万端臨む選挙は、逆に首相からみれば、野党の予想をはずして不意打ちをくらわせることに失敗した選挙という意味になる。つまり、解散権を握っているという首相の最大のメリットを生かせない。

 麻生氏は6月29日、公明党の斉藤鉄夫幹事長との会談で、

「年内に解散するしかない。秋にやるべきだ」

 と述べたと伝えられている。麻生内閣の時の苦い経験がそう言わせているのだろう。

 また、自民党の盟友である公明党は東京都議選を国政選挙並みに重要視する政党である。このため、都議選直前に別の大型選挙が行われることで、選挙運動員が疲弊したり運動力が分散したりすることを避けたいと考える傾向にある。まさに、2009年はその悪いパターンにはまり、都議選が7月、衆院選が8月と連続した。この結果、公明党は衆院選で多くの議席を失った。

 今回、都議選は来年6~7月ごろに予定されている。その前後3カ月間の大型選挙を避けるとすれば、(2)の時期の衆院選は避けたいし、(3)の時期も困難になる。

 なお、公明党は現時点で(1)にも反対しており、これではどこで衆院選に突入するべきだと考えているのか不明である。

 このほか、一部の評論家は来年の通常国会冒頭での解散に言及している。

 だが、新型コロナ対策の渦中にあって、当初予算であっても補正予算であっても、すみやかな成立と執行が求められており、あえて国会での予算案審議を遅らせることになる通常国会冒頭解散を選ぶのは非常識である。

 仮に1月に解散があるとすれば、年明けに短期間の臨時国会を召集して補正予算を成立させて閉会し、その後すぐに通常国会を召集して衆院を解散するやり方はあり得る。ただし、新型コロナに加えてインフルエンザの蔓延が心配される時期にわざわざ選挙を実施するという選択は、あまり賢いとは言えない。

足並みがそろわない野党

 そこで、今年春ごろから政界でまことしやかに流れているのが、麻生氏が言うような今秋の衆院解散説である。

 特に5月ごろから政界を席捲していたのが、10月25日衆院選投票説だ。この説は浮かんでは消え、消えては浮かび、6月下旬以降、再び盛り上がっている。

 早期衆院選説が再浮上しているのは、上記の麻生氏の発言をはじめとして、自民党幹部らが積極的に衆院解散に言及していることが原因だ。そして、メディアの報道にも問題がある。

 報道だけでは真実をとらえることは難しい。たとえば6月23日の自民党の二階俊博幹事長の発言を引用して、複数の新聞が「自民幹部に容認論」などの見出しで、年内衆院解散説を報じた。しかし、実際の二階氏の発言はややニュアンスが違う。二階氏は、本当は以下のように発言した。

「幹事長として聞かれれば、年内に解散っていうようなことは頭の片隅にもありません。しかし、解散はいつあってもおかしくない。衆議院議員に当選した以上は、明日解散があってもおかしくないということを我々は先輩から教えられてきました」

 政治記者の感覚では、この発言は「幹事長が解散に言及した」ととらえられる。

 だが、一般的な読解だと、解散があるともないとも言っていないというのが率直な印象ではないだろうか。「いつあってもおかしくない」と言うのと、「ある」と言うのは決定的に意味が違う。

 一方、早期解散説の有力な根拠のもう1つは、野党の選挙準備が整っていないことだ。

 もともと地力のある自民党に対して、バラバラでは太刀打ちできない野党が結束して自民党に挑戦しようというのが、野党の選挙協力の理屈である。その野党が結束を固める前に選挙戦に突入したほうが、自民党にとって有利であることは言うまでもない。

 東京都知事選では共産党、社民党、立憲民主党は宇都宮健児氏を支援したが、立憲の一部は山本太郎氏支援に流れた。れいわ新選組は当然、山本氏を支援。また、国民民主党は推薦候補を決めることができず、自主投票の道を選んだ。足並みの乱れは顕著である。

 その半面、同時に実施された東京都議補選では、立憲と共産が協力関係を深めた。

 また、6月下旬、立憲と社民は合流に向けての基本方針を発表。さらに、立憲、国民、社民3党は7月1日の政策責任者会議で、衆院選に向けた共通政策作りに着手することで合意した。ただし、これらの野党は憲法改正などの基本政策で大きな溝があり、どの程度まで歩み寄れるかは未知数だ。

 もちろん、選挙協力は読んで字のごとく選挙で協力することである。選挙協力によって自民党に勝てばいいのであって、政策の全面的な一致までは必要ないし、まして合併する必要はない。まず、候補者が競合しないよう、候補者一本化調整を多くの選挙区で進め、できれば野党統一候補として相互に推薦しあい、支援しあえればいいだろう。これがいわゆる選挙協力である。

 だが、選挙後の野党再編の構図を視野に入れたとき、国民民主党内には立憲民主党との連携に対する根強い反発がある。れいわ新選組と他野党との政策上の調整も難航している。日本維新の会と他党の連携も決してうまくいっているとは言えない。

 野党の抱えている問題はそれだけではない。

 今回の野党の選挙協力調整の遅れは、候補者一本化調整とは別次元の課題を浮き彫りにしている。一本化うんぬんではなく、どの政党の候補者もいない空白区があるのだ。

 昨年末のメディアの調査では、全国289選挙区のうち3割弱に当たる70~80選挙区で野党の立候補予定者が存在しない事実が判明した。現在、空白区は埋まりつつあるものの、ほぼ全選挙区に候補者を擁立する自民党との違いは歴然としている。また、空白区を埋めるために無理矢理に落下傘候補を仕立て上げても、粗製乱造候補がそう簡単に勝てるわけでもない。

「選挙区調整の問題は空白区が埋まっていないこと。どの党でも立てていれば最終的には調整できると思うが、どこも立てていないということでは話にならない」

 国民民主党の玉木雄一郎代表は7月1日の記者会見で、このように指摘した。野党空白区は自民党に強力な候補者がいる選挙区で生じやすい。立候補しても勝てないからだ。だが、自民党が強いからと言って候補者擁立を控えているようでは、いつまでたっても自民党に勝てない。

「ポスト安倍」たちの蠢動

 一方、自民党内は衆院選、いや衆院選後に向けて動き出している。

「私は、そもそも7条解散はすべきではないという立場に立っている。何を問うために、何を争点として国民に問うのかがないと、憲法の趣旨に大きく反する」

「ポスト安倍」の有力候補の1人である自民党の石破茂元幹事長は、7月1日の懇談会でこう述べた。

 衆院解散には2つの形がある。「7条解散」と「69条解散」である。

 憲法第69条は、内閣不信任案が可決されたとき、あるいは内閣信任決議案が否決されたときに、10日以内に衆院が解散されなければ、内閣は総辞職せよと規定している。逆に言えば、総辞職しないならば衆院を解散するしかない。これが69条解散である。

 これに対して石破氏が反対している7条解散は、憲法第7条が、天皇が国事行為として「内閣の助言と承認により」衆院を解散すると規定していることに基づくものである。つまり、7条のほうを使えば、首相はいつでも衆院を解散できることになる。石破氏はそうであったとしても、解散する理由、つまり大義がなければ解散すべきではないと言っているわけだ。

 安倍政権では、大義などなくても衆院が解散された例がこれまで散見されるが、石破氏の理屈は、それなりに筋論としては通っている。しかし筋は通っていても、政局的にはこの発言はただでは済まされない。安倍首相のこれまでの衆院解散を批判する意味合いが含まれているし、安倍首相の今後の解散権を縛ろうという意図も見え隠れするからだ。

 さらに深読みすれば、石破氏は安倍首相にとって都合の良い時期の解散を封じようとしているようにも見える。自民党内はこういう発言に対しては敏感だ。これによって、石破氏に対しては、自民党総裁選で親安倍派議員の票はますます入りにくくなるだろう。

 なお、皮肉な見方だが、衆院選で自民党が敗北すれば、安倍首相は急激に求心力を失い、政局は石破氏に有利に展開することが考えられる。石破氏がそこまで読んで発言しているかどうかは分からないが、安倍首相周辺議員は、石破氏の発言の底意について次のように指摘している。

「有力候補と言っても、石破派は20人もいない。総裁選で勝つためには賭けに出ないといけなかったのだろう」

 仕掛けてきているのは石破氏だけではない。

「ポスト安倍」候補である岸田文雄政調会長、菅義偉官房長官だけでなく、キングメーカー的存在である二階幹事長や麻生副総理兼財務相も頻繁に党内議員との会合を開くようになってきた。また、複数の首相候補を抱える自民党竹下派は、若手勉強会に、かつては竹下派の好敵手だった森喜朗元首相を招いた。

「内閣」低迷「自民党」好調の支持率

 こうして与党も野党も選挙準備を始めてしまうと、その流れは誰にも止められなくなることがある。これは政界でよくあることである。解散権を握っている首相にも止められない。

 選挙近しとなれば、選挙用事務所の準備、人員の確保、日程の調整など、候補者は全面的に動き出す。これらの活動はいちいち金銭的支出が必要である。そうなると、途中で、やはり解散するのはやめましたというわけにはいかなくなる。

 もし、安倍首相が今秋に衆院を解散するつもりがないのなら、積極的に「解散風」を止めるような発言や行動が必要だ。放っておけば、勝手に解散風は強まっていくものである。

 世論調査は自民党に有利な数字をはじき出している。

 たとえば、7月に入って『読売新聞』の調査では、安倍内閣の支持率は39%と低迷している。しかし、これはそれなりに高いほうなのである。野党に政権の座を明け渡した2009年の麻生内閣は、支持率は各種調査で20%前後に落ち込んでいた。

 さらに顕著なのは、政党支持率である。

 2009年の選挙前、民主党の支持率は30%を超え、自民党に10ポイント近くの差をつけていた。今は、逆にすべての野党の支持率を足しても、自民党支持率に及ばない。『NHK』の調査では、自民党支持率は32.2%。立憲、国民、維新、共産、社民、れいわの6野党の支持率を足しても11.8%。ほぼトリプルスコアで自民党が勝っている。数字の上から言えば、今選挙があれば、どう見ても自民党の圧勝である。

 劣勢を挽回したい野党は、連携に向けた数少ない足掛かりとなり得る「ポストコロナ政策」で歩調を合わせようと模索している。だが、コロナ感染拡大阻止の着地点も見いだせていない状況で、ポストコロナのありようが見えるはずがない。今の時点で、野党がいくらポストコロナ問題で意見をまとめても、国民の心には響かないだろう。

 ただし、これは野党にだけ言えることではない。自民党や安倍政権の最大の弱点もコロナ問題にある。

 危機にあっては、現政権が有利な状況になるというのは政治の鉄則である。あれほどコロナ対策で批判を浴びた小池百合子知事だったが、都知事選では圧勝したのが、その実例である。

 危機的状況では、野党の声はほとんど国民に届かない。野党は危機に対応する実効力ある組織を持っていないからだ。なんだかんだと言いながら、それでも政府や地方自治体を頼りにする傾向が日本人にはある。安倍内閣支持率が低迷し始めているにもかかわらず、野党の政党支持率が伸びないのも、そのあたりに原因がある。

 だが、対応がさらに長期化したり、あまりに失敗続きだったりすると、政権人気にも限界が見えてくる。2011年の東日本大震災後、対応に失敗したとも言われる菅直人内閣の支持率は意外にも一時的に上昇した。だが、その後、稚拙な対応が続いて、最終的には菅内閣は退陣に追い込まれた。

 今の安倍内閣は支持率30%台で持ちこたえている。しかし、今後のコロナ対策しだいでは、どうなるか分からない。菅内閣と同じ道をたどらないとは断言できない。

懸念される国民からの批判

「GoToキャンペーンは感染拡大の収束が見えたところで行うべきであるというのがわれわれの一致した考え。(中略)政府の認識は国民の皮膚感覚とずれている」(安住淳・立憲民主党国対委員長)

「びっくりするような数が突然出てきた。米軍に対してコントロールが利かない状態になっているのではないか」(同)

 7月15日の野党国対委員長会談で議題となったのは、上記のGoToキャンペーンと米軍基地周辺での新型コロナ感染問題などだった。いずれも政府に対するネガティブキャンペーンが盛り上がりかねないテーマである。

 ことほどさように、コロナ感染にかかわる課題は、いつどんな形で安倍政権の致命傷になるか分からない。今秋の衆院選は自民党にとって好条件がそろっているとは言え、これでは、危なくて選挙どころではない。

 公明党の斉藤幹事長は7月10日の記者会見で、年内解散論について、次のように切って捨てた。

「今はまさに政府をあげて感染症対策、それに伴って国民生活が本当に疲弊しているこの社会経済活動の再開、日本の経済の落ち込みを、またそれによって本当に困っている人をいかに助けていくかに全力を挙げるべきときで、解散云々という話をすること自体、国民に全く理解されないことだと思っている」

 斉藤氏が言うことには一理ある。解散総選挙の断行が国民からの激しい批判を浴びる懸念もある。新型コロナ感染問題がどのように展開していくかが見極められない今、軽々に衆院解散の判断などできるわけがない。

 安倍首相はコロナ対応に追われながらも、衆院解散日程を練っているにちがいない。だが、首相といえどもそう簡単に結論を出すことはできないだろう。

Foresight 2020年7月22日掲載

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