【緊急提言】いますぐ世界に発信すべき「東京五輪はコロナ禍終息後に」

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 IOC(国際オリンピック委員会)のトーマス・バッハ会長が、7月15日に行われた理事会後、1年後に延期されている東京オリンピック・パラリンピックの無観客での開催に否定的な見解を示した。

 これは「コロナ禍」の中での東京五輪開催をめぐって、まさに日本の立場が問われているということではないか。

 コロナ禍の世界の実情は依然として深刻で、多くの国で感染拡大が続いている。東京もその例外ではない。五輪の是非もさることながら、実は世界が注目している今こそ、逆に言えば文化・スポーツ行事を通した日本の平和のためのメッセージを発信する絶好のチャンスではないか。

 オリンピック開催の是非は先頃の都知事選の論点でもあった。

 小池百合子知事の「コロナに打ち勝って五輪を成功させよう」というその主張自体は、一般論として誤ってはいない。しかしそこに、世界の平和のための五輪開催という意識がどこまであったであろうか。

 都知事選だから仕方がないかもしれないが、小池知事の主張はあくまでも国内向けのメッセージだ。世界に向けた発言ではない。グローバルな見識に支えられたものではない。

 東京が安全とは言えないし、多くの国々は五輪どころではなく、いまだ感染ピークにある。五輪開催の条件は、まずは世界の安全である。当然ながら、五輪は日本だけのものではない。筆者は今こそ

「五輪開催はコロナ禍が終息してから実施しましょう。安心して開ける五輪に向かって今何ができるのか、日本が主導力を発揮して貢献したい」

 と世界に発信すべきではないかと思うし、それが日本に求められた世界への対応ではないかとも思う。

 理想主義ではあるが、この時期そうした主張を空論として軽んじる人はいないであろう。開催の方向で動いている関連部門での国内の事情はあると思うし、筆者自身日本人として断腸の思いではあるが、なぜそれが言えないのか。それこそまさしくアジアと世界のリーダー国としての見識ではないのかと思う。

 そのためにも、PCR検査を拡充して客観的な統計で東京の現状を世界に知らしめなければならない。透明性を明確にしなければならない。国内の病床の数に伴う医療崩壊の懸念にばかりとらわれすぎて、世界の信頼を失ってはいけない。

 1日2000~3000人程度の東京都の検査サンプル数では、1日数万、10万単位で実施されている国際水準の統計とは比較できないし、感染拡大の縮小の説得力ある説明にはならないであろう。

一刻の猶予もない

 内ばかり見ていると世界はわからないが、五輪開催をめぐる話は日本が文化・スポーツ外交で世界から注目されている千載一隅の機会である。ここで日本外交の見識を世界に示す絶好の機会である。

 筆者は日ごろから、広報文化外交には、メッセージの「概念化」、「文脈化(コンテクスト・ストーリー化)」、「活動の継続性」、そして「ネットワークの拡充」の4つの要件が不可欠と考えている。つまりメッセージ発信には、タイミングや発信の背景・反応に対する一連のストーリーや前後関係(文脈・コンテクスト)がとても重要だと考えている。

 今日本は世界に向けた絶好の発信のタイミングと文脈の中にいる。

 自らを語らないことを尊しとする日本文化の伝統から、欧米人に比べて日本人はストーリー作り、自己主張の普遍主義的な正当化が不得手である。

 実はこれは外交の重要な要素である。しかしその点は、わが国の外交であまり意識されてこなかったことだ。

 コロナ禍の五輪開催国として今、まさにその点に気づく機会が訪れている。これを逃すと逆に日本の評価が問われることにもなりかねない。

 今こそグローバルな視野から世界平和のためのスポーツ外交に対する基本的スタンスを示すべきだ。

 自ら中止とまで言う必要はない。開催の是非論は世界で話し合えばよい。日本はそれを主導するということでよいと思う。

 苦渋の選択ながら世界の平和を最優先する、というメッセージの強調が重要だ。それは「グローバル・プレイヤー」としての日本外交の胆力を示すことにもなる。

「ソフトパワー」とは、そうした日本の良いイメージを伝える手段である。それが「国家ブランド」の真意である。世界にそれが理解されれば、おのずと次の道は開けてくるであろう。

 世界で東京五輪は中止だという雰囲気が形成されてから、後追いした発言となっては手遅れである。もう一刻の猶予もない。

渡邊啓貴
帝京大学法学部教授。東京外国語大学名誉教授。1954年生れ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程・パリ第一大学大学院博士課程修了、パリ高等研究大学院・リヨン高等師範大学校・ボルドー政治学院客員教授、シグール研究センター(ジョージ・ワシントン大学)客員教授、外交専門誌『外交』・仏語誌『Cahiers du Japon』編集委員長、在仏日本大使館広報文化担当公使(2008-10)を経て現在に至る。著書に『ミッテラン時代のフランス』(芦書房)、『フランス現代史』(中公新書)、『ポスト帝国』(駿河台出版社)、『米欧同盟の協調と対立』『ヨーロッパ国際関係史』(ともに有斐閣)『シャルル・ドゴ-ル』(慶應義塾大学出版会)『フランス文化外交戦略に学ぶ』(大修館書店)『現代フランス 「栄光の時代」の終焉 欧州への活路』(岩波書店)など。最新刊に『アメリカとヨーロッパ-揺れる同盟の80年』(中公新書)がある。

Foresight 2020年7月20日掲載

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