熊本豪雨で球磨川「瀬戸石ダム」が決壊危機 現場証拠写真

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約2時間かけて瀬戸石ダムへ

 瀬戸石ダムは堤高26・5メートル、幅が約140メートルの重力式コンクリートダムで、1958年に完成した水力発電のダムである。事業者は電源開発株式会社(Jパワー)で、ダム下流には人口12万5000人の八代市がある。瀬戸石ダムから下流8・5キロの場所にはかつて同じ発電目的の荒瀬ダムがあったが、こちらのダムは地元住民の要望で撤去が実施され、2018年3月に全ての構造物を取り除く工事が完了している。ダム上部に溜まった堆砂による洪水リスクに怯えてきた住民にとって荒瀬ダム撤去は悲願だったが、土木事業者にとっても国内で初めて本格的なダム撤去となる記念すべき事業でもあった。瀬戸石ダムも同じ理由から撤去の要望が何度も出されてきたが、荒瀬ダムと違い、こちらは県も後ろ向きな対応に終始し、具体的な進展に進むことはなかった。その瀬戸石ダムが豪雨によって決壊のリスクが高まっているのだ。

 八代市坂本町から球磨川沿いに続く国道219号を車で上流へ向かうと、ほどなくして目の前に崩落箇所の復旧現場が現れた。作業の迷惑にならないところへ車を置き、そこから地元住民の方と歩いて上流へ移動した。予想に反してかなり手前から歩いて向かわなければいけなかったが、仕方ない。

 途中、谷筋で発生した土石流や土砂崩れによって、道路が何カ所も寸断。増水した激流が岸辺をさらい、道の面影すら消えてしまったところが珍しくなかった。沢沿いの家屋などは土石流で屋根と柱だけを残して見るも無残な状態で建っており、球磨川沿いの集落は泥に埋まり、全壊した家屋も少なくなかった。

 鉄道写真愛好家にとって人気の撮影スポットだった球磨川第一橋梁も、左岸側の一部を残して落橋。発災後、ヘリからの空撮中継で第一橋梁が流失した事実は知っていたが、実際に目の前で見るとショックは大きかった。その先の鎌瀬橋も落ちていたため、国道で向かうことは諦め、被災した肥薩線に沿って上流へ歩くことにした。時折、現場確認する復旧関係者の姿を見かけるぐらいで人の姿はなく、ドコモの携帯電波も圏外。わざわざ歩いて自宅へ向かう住民の姿は皆無だった。

 枕木や足元が確かなところを選んで歩き、コンクリートのホームでさえ跡形も無くなった瀬戸石駅“跡地”を通り過ぎると、遠くに瀬戸石ダムが現れた。歩きはじめてから約2時間。到着早々、ダム職員のいるはずの管理棟へ向かい、外から何度も大声で呼びかけたが応答せず。付近の道路上に堆積した土砂に足跡がないことからも、誰もいないことがわかった。

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