「胃ろうだけはやらせたくない」 在宅介護をするライターの背中を押した経験──在宅で妻を介護するということ(第4回)

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 延命のための胃ろうはやりたくない。やらせたくない。最近はそういう意思を示す人も増えているという。

 妻を在宅で介護することを決めたフリーライターの平尾俊郎さんも、その一人だった。しかし、実際に胃ろうを回避するのはことのほか大変だった――。68歳夫による62歳妻の在宅介護レポート、第4回である。

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【当時のわが家の状況】

 夫婦2人、賃貸マンションに暮らす。夫68歳、妻62歳(要介護5)。千葉県千葉市在住。子どもなし。夫は売れないフリーライターで、終日家にいることが多い。利用中の介護サービス/訪問診療(月1回)、訪問看護(週2回)、訪問リハビリ(週2回)、訪問入浴(週1回)。在宅介護を始めて1年半になる。

病院でだけは死にたくない

 契約社員として働いていた情報出版社を辞め、フリーランスのライターになって40年近く経った。フリーライターといっても、サスペンスドラマによく登場しては犯人のアリバイ崩しに奔走し、知り過ぎて殺されたりするそんなかっこいいライターではない。つねに安全なところに身を置き、稼ぎが少ないときは朝刊を配達したりコンビニで短時間働いたりする末端のライターなのだが、それでもよくぞここまでやってこれたと思う。

 五十路を超えてから今日まで介護業界の機関誌制作に携わってきた関係で、特養(特別養護老人ホーム)などの介護保険施設、大学教授など医療・介護の専門家、あるいは高齢者問題に取り組むNPO法人など、たくさんの取材機会を得た。「専門分野は医療・介護」などと言えるレベルにはないが、一般のライターよりは多少詳しいと思う。

 そうして考えてみると、一般男性なら尻込みしかねない妻の在宅での介護を、さほどの抵抗なく、どちらかといえば自分から手を挙げるかたちで始めることになったことも理解できる。「終末期医療」や「看取り」をテーマにお話を伺ったことが何度もあり、その中で在宅介護に抱いていた偏見のようなものが薄れ、わりと身近に感じるようになっていった。

 影響を受けた本に、『病院で死ぬということ』(山崎章郎著/1990年、主婦の友社)がある。まだがんの告知すらタブーとされた時代、病名も知らされないまま過酷な延命医療の中死んでいったがん末期患者の実態を、一人の病院勤務の医師が告発し医療現場に大きな波紋を起こした。

 その中に描かれていた病院での末期患者の実情や、医師と患者の間にある終末期の考え方の大きなギャップに、私はショックを受けた。山崎先生はその後、小平市に緩和ケアのクリニックを立ち上げ、在宅医療・在宅ホスピスを実践していくのだが、私は“最期は家で、家族に囲まれながら尊厳ある死を迎える”という考え方に痛く共感し、在宅志向をより強くしていった。

人は飛行機が着陸するように死ぬ

「大半の人は、静かに眠るように息を引き取る」ことを教えてくれたのは、訪問看護の草分けとなった著名な看護師であった。

 在宅主義者になった私だが、自分が現実にその立場になったとき、はたして即断できるかというと自信がなかった。なぜなら私は、人がまさに死ぬ瞬間に立ち会ったことがなかったからだ。どんどん病状が悪化して最期に息を引き取る妻を、家の中で一人、しっかり両の手を握りながら見守ることができるのだろうか。ゼーゼーと呼吸音を鳴らし、断末魔の苦しさに胸をかきむしる姿を前に、平静でいられるのかどうか…。

 正直、今も自信がない。家で看ますと啖呵を切っておきながら、いよいよその瞬間が迫ってくるとたまらず119番にTEL。結局のところ、病院で延命措置を受ける羽目になってしまったというのはよくある話。今から10年くらい前のこと、私は思いを正直にぶつけてみた。

「在宅での看取りは大賛成ですが、大切な人が息をひきとる瞬間に苦しむ姿を見たくない」と。するとその先生は静かに微笑み、こう言った。

「そういう人が意外といらっしゃいますが、皆さんテレビドラマの見過ぎじゃないかしら。亡くなる直前に断末魔というのか、ひどく苦しんで大声を出したり身悶えするシーンがありますね。あれは演出で本当は違いますよ」

 数えきれないほどの患者さんを看取ってきた人の言葉だから、これ以上確かなものはない。そして、こう続けた。

「ほとんどの人の最期はとても静かなものですよ。滑走路が見えて飛行機が着陸態勢に入ると、少しずつ何度かに分けて高度を下げていくでしょう。そんな感じで呼吸が緩やかに、少しずつ弱くなっていきます。眠るように逝って家族が気づかない場合もあります。決して怖いものではありません」

 目からウロコが落ちたとはこのことだ。静かに眠るように死を迎えられるなら、その傍らにいて見守ることに何のためらいもない。最後まで引っかかっていた不安はこれで消えた。

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