病気は社会の弱い部分を攻めてくる――中原英臣(新渡戸文化短期大学名誉学長)【佐藤優の頂上対決】

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傲慢になった人間

中原 小池知事はウィズコロナ、と言っていますが、私はコロナの立場に立ってみようと思います。彼らからすれば、ウィズ人類です。コロナはエボラウイルスや天然痘と違って致死率は低いし、不顕性感染と言って、症状がなくても感染します。だからウイルスの生き残り戦略としては、ずいぶん練られている。コロナは人間と仲良くやっていきたいウイルスなんですよ。

佐藤 企業と総会屋の関係と一緒ですね。ウイルスは、宿主が死んだら自身もお終いですから、人間が死ぬことまでは望んでいない。

中原 その通りです。ただそのコロナにも誤算が二つあった。高齢化社会と格差社会です。この世に出てみたら、高齢者がたくさんいて、彼らがどんどん亡くなってしまう。それからアメリカなどでは貧富の差が激しい上に保険もなくて、医療にかかれず亡くなってしまう。

佐藤 現代社会の問題を浮き彫りにした。

中原 病気は、社会の弱い部分や放埒な生活を直撃します。例えば、1980年代に登場したHIVです。昔は自由にセックスなどできなかった。かつて女性は結婚まで処女が当然とされた時代がありました。性が自由になってどんどん欲望が拡大してきたところへウイルスが攻めてきたから、急速に広まった。また、かつては地産地消、自分の住んでいる地域のものを食べて暮らすのが当たり前でした。ところが世界中から食べ物を集めて食べるようになった。そこへ出て来て広まったのは、O-157です。これは細菌で、ウイルスではありませんが。

佐藤 イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリは『ホモ・デウス』のなかで、人類を苦しめてきた飢餓と疫病と戦争はほぼ克服しかけていると書きました。でも今回のコロナでこの仮説には疑問符がついた。人間の力を過信してはならないということです。

中原 私は今回のコロナ禍で、日本人の人生観や死生観が少し変わればいいと思うんですよ。私は無神論者ですが、聖書にあるじゃないですか。人間が傲慢になってくると神が裁きを下す話が。

佐藤 街ごと焼き尽くされてしまったソドムとゴモラの話ですね。ノアの洪水もそうです。

中原 コロナの自粛で外食産業の危機が叫ばれていますが、考えてみると、昭和20年生まれの私が小さい頃は、外食なんかしたことがなかった。私と妹の誕生日に銀座の不二家に行くのが、年に2度の楽しみでした。『サザエさん』を読んだって、あまり外食は出てこないでしょう。

佐藤 ほとんどないですよ。

中原 それとクルーズ船。昔はよほどの金持ちだって行かなかった。それが、少しお金がある人たちが気軽に乗るようになっている。日本人は欲望を全開にして、ものすごく贅沢になったんですよ。でも今回の自粛生活で、知人の奥さんが「こんなにお金を使わなくて済むとは思わなかった」と言っていました。これまでがやり過ぎだったんです。

佐藤 リモートで仕事をしている人たちは、かなりの割合でそういう話をしますね。

中原 だからちょっと傲慢になっていたのですよ。

佐藤 私は欲望が収縮していく感覚が非常によくわかります。東京拘置所で512日過ごしたでしょう。そうすると、ボールペンを買うにもすごく高価に見えて、使い切ったら替え芯を買うようになります。100円のアンパン一つ買うにも相当に悩む。欲望が収縮するとちょっとしたことがすごくうれしくなる。

中原 そうです。別に昔の社会に戻れ、というわけじゃない。ただ、少し贅沢とか欲望について考えてみたほうがいい。

佐藤 そうですね。そこはいま起きているデジタルでの社会変化に合致するかもしれません。ライドシェアやシェアオフィスなど、シェアリングエコノミーと呼ばれる分野が成長していますね。またヤフオク!やメルカリなど、中古品の売買も広がっている。数字の上では経済が収縮していきますが、消費や生活の満足度はほとんど変わらないかもしれない。

中原 そうです。だからこのコロナ禍を奇貨として、生活を再点検していけばいいと思いますね。

中原英臣(なかはらひでおみ) 新渡戸文化短期大学名誉学長
1945年東京生まれ。東京慈恵会医科大学卒。医学博士。77年から79年まで米国セントルイス・ワシントン大学でバイオ研究に従事。帰国後、山梨医科大学助教授、山野美容芸術短期大学教授、新渡戸文化短期大学学長などを歴任。現在は、西武学園医学技術専門学校東京校校長。著書に『感染症パニック』『上手な医者のかかり方』など。

週刊新潮 2020年7月9日号掲載

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