病気は社会の弱い部分を攻めてくる――中原英臣(新渡戸文化短期大学名誉学長)【佐藤優の頂上対決】

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人間はサルになった

中原 5月4日に発表された「新しい生活様式」も、「人との間隔は、できるだけ2メートル空ける」とか「筋トレやヨガは自宅で」とか、佐藤先生と私が話しても15分あれば思いつく内容です。専門家が集まって、あの程度のことしか言えないのかと呆れました。

佐藤 専門家会議でそうした意見が出るのはまだわかるにしても、それを「揉む」のが政治ですよね。食事でも「対面ではなく横並びで座ろう」とか「料理に集中、おしゃべりは控えめに」とありますが、カウンターに横並びにみんなでご飯食べて、黙って出ていけというのは、もう「養鶏場」です。政治家は日常的に食事をしながら人間関係を構築しています。だから、そんな項目があったときには、「おやっ」と思わないといけない。

中原 食事は餌じゃないわけですからね。

佐藤 会食には感染リスクが生じるけれども、こういう形ならここまで低減できるとか、どういう空間は危ないとか、そうしたものを示した上で、ある程度は国民に委ねるくらいでいい。いまの「新しい生活様式」は箸の上げ下げまで教えるところまできています。

中原 京都大学総長の山極壽一という人類学者がいます。

佐藤 ゴリラの研究家ですね。

中原 彼は、霊長類でもっとも進化したはずの人間が、いまやサルのレベルにまで落ちた、と言っています。霊長類の一部はみんなでご飯を分け合って食べる。でもサルは絶対にやらない。

佐藤 ゴリラは嫌々だけど分ける、と言いますね。

中原 ええ、ゴリラは分けます。人間はこれまで食卓を囲んで、大勢でご飯を食べてきた。でもどんどん核家族になり、それも解体して一人で食べる個食化が進んできたでしょう。それでとうとうサルと同じ生活になってしまった、というのが山極先生の指摘です。

佐藤 なぜ人は人と食事をするか、という根源的な問いがそこにありますね。会食は人間関係を作るショートカット(近道)です。普段は信頼している人とご飯を食べるわけですから、逆に考えれば、ご飯を一緒に食べることによって信頼関係を築くことができる。その原理が人間の中には埋め込まれています。

中原 私は9年前に中咽頭癌になって咽頭を手術していますから、「エンシュア」という液体食だけで暮らしています。でも食事の会には行きますよ、食べませんけどね。ただ餌を食えばいいという発想だったら、もう人間じゃなくなりますよ。

佐藤 人と食事をしない文化が生まれたら、思考も相当変わってくるでしょう。もうすでにコロナの自粛生活の影響で、人間が変わりつつあるな、と感じることがあります。それは、世界各地で次々と暴動が起きていることです。

中原 アメリカの黒人差別反対デモが世界に広がっていますね。

佐藤 内側へ内側へと籠っていくと、どこかで臨界点を迎え、外に向かう攻撃性が出てくる。いつもなら歯止めとなる心理的なバリアが壊れてしまった気がします。日本で起きたネットでの検察庁法改正案反対ツイートも、テレビ番組「テラスハウス」に出演していたプロレスラー・木村花さんに批判が集中し自殺に至った件も、みんなが内側に籠っていなければ、あれほど大きな騒ぎにはならなかったと思います。

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