世間相場を度外視した「超好待遇」国家公務員「定年延長」の裏取引

国内 政治 Foresight 2020年6月26日掲載

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 通常国会が閉幕した。検察官の定年延長を盛り込んだ検察庁法改正案は国民の猛烈な反発に遭い、一緒に出されていた国家公務員法改正案とともに「廃案」になった。

 閣議決定した法案で審議入りしていたものが、「継続審議」にもならず、廃案になるのは極めて異例のこと。与党が圧倒的多数を占める国会情勢下ではなおさらだ。

 しかし、もうこれで、法律改正は「消えた」のかと思いきや、そうではない。

 政府はこの法案を秋の臨時国会に再度提出する方針だ。しかも、内閣の判断で検察幹部の定年を3年延長できる特例規定を削除し、法案を再提出するという。

 この特例、黒川弘務・東京高検検事長の定年を、閣議決定だけで延長したことへの批判をかわすためと批判を浴びた。ところが、当の黒川氏が緊急事態宣言中に賭けマージャンをしていたことが発覚、引責辞任に追い込まれた。もはやこの特例にこだわる必要がなくなったということのように見える。

 だが、問題の本質は別のところにある。

民間並みでも比較は大企業

 もともと政府が強行採決してでも成立させようとしていたのは、検察庁法改正案よりもむしろ、セットで出されていた公務員法改正案の方だった。秋の臨時国会で出し直すのも、この公務員法改正案の方が「本丸」なのである。

 公務員法改正案には、いったい何が盛り込まれているのか。公務員全体の定年延長である。現在60歳の定年を、2022年度から2年ごとに1歳ずつ引き上げ、2030年度に65歳にするという法律だ。通ってしまえば、2022年度の直前に大不況が来ようが、2030年度直前に国家財政が破綻しようが、定年は粛々と延長されていく。

 しかも、民間企業で多く採用されている「再雇用」ではなく、定年が延長されるのだ。国家公務員にはスト権がない代わりに、よほどのことでない限りクビにならない身分保証がある。能力のあるなしにかかわらず、65歳まで雇用が保証されるのである。

 民間では60歳で再雇用された場合、大幅に給与が下がるのが普通だ。しかし、公務員には俸給表というのがあって、それに従って毎年賃金が上がっていく仕組みになっている。要するに、定年まで減給されることはなく、上昇し続けていくのだ。

 だが、さすがに、65歳まで給与が上がり続けるのはマズいと思ったのだろう。

 人事院などの資料によると、

 「60歳を超える職員の俸給月額は60歳前の70%の額」

 とするとしている。キャリア官僚の場合、60歳で1500万円くらいに達しているので、定年を延長すれば、60歳を超えてなお、軒並み1000万円を超える「高級高齢職員」が生まれるわけだ。

 しかも、7割を規定した法案の条文には、わざわざ「当分の間」という一文が付け加えられている。ほとぼりが冷めれば、「7割」はなし崩し的に消えていくということなのだろう。

 民間企業では50代半ばで「役職定年」となり、役職手当がなくなることで給与が大幅に減るのが普通だ。さらに、定年で再雇用となれば、給与が退職時の半分以下、ピークから比べれば3分の1以下というケースもある。公務員でいう「7割」はピークの7割である。

 あくまで公務員の給与は、「民間並み」というのが建前だ。毎年夏に人事院が「勧告」を出し、政府はそれを受け入れるのが基本となっている。

 今回の定年延長も、2018年に人事院が出した「意見」がベースになっている。内閣に勧告する権限を持つ人事院は、さぞかし国民の利益を最大化するために、公務員の人員や報酬の抑制を行っているかと思いきや、まったく違う。

 人事院の幹部もほとんど官僚だから、霞が関の待遇を引き上げることに躍起になっているように見える。民間並みといっても比較するのは大企業だけだ。

 定年の引き上げは霞が関官僚の悲願でもある。今も民間の再雇用と同様、「再任用」の制度はあるが、定年延長となれば、待遇はぐんと良くなる。

 世間の相場から外れた待遇改善だけに、国民にバレたらマズいと思ったのだろうか。前国会での論戦も検察庁の話で終始し、公務員全体の定年引き上げについては、ほとんど議論されなかった。

労組の支援を受ける野党も賛成

 実は、与党だけでなく、野党も公務員の定年引き上げには賛成なのだ。検察庁法改正は強く批判していたものの、公務員全体の定年延長には賛成していた。

 5月11日の衆議院予算委員会で質問に立った立憲民主党の枝野幸男代表は、検察庁法改正について「火事場泥棒」だと厳しく詰め寄ったものの、

 「国家公務員法改正には大筋賛成」

 だと発言していた。連合や自治労など労働組合にとって、公務員の定年延長は「悲願」。その労働組合の支援を受けている野党だからこそ、賛成に回るのは当然だ。

 同日の参議院予算委員会では、同党の福山哲郎議員が、検察庁法の改正部分を削除すれば、国家公務員法の改正、つまり公務員の定年延長には賛成だと発言している。自民党に検察庁法改正の特例を削れば賛成する、と秋波を送っていたようにも聞こえる。

 だが、安倍晋三首相はこれに乗らなかった。

 「公務員全体の定年延長を含む制度改革に当たっては、国民の意見に耳を傾けることが不可欠だ」

 「社会的な状況も大変厳しい。法案を作った時とは状況が違っているのではないかという、党にもそういう意見があることを承知している」

 5月21日、法案成立を断念したことについて安倍首相は、公務員全体の定年延長の話を持ち出した。「党の意見」というのは、19日に、世耕弘成・参議院幹事長が新型コロナウイルスの蔓延による経済への打撃を前提に、

 「人手不足という前提状況が変わった。雇用環境が厳しい中、公務員だけ5年も定年延長されていいのか。経済的に苦しい国民の立場に立った議論が必要だ」

 と、公務員の定年延長自体を見直すべきだと苦言を呈したのだ。

 これには自民党内だけでなく、野党からも批判の声が上がった。自民党の森山裕国対委員長は、

 「党の正式な手続きを経て法案を提出している」

 と不快感を示したのに対して、立憲民主党の安住淳国対委員長は、

 「法案が問題だと支離滅裂なことを言う。非常識だ」

 と怒りを露わにした。おそらく国対委員長の間では、継続審議にして法案を修正のうえ可決させるという話ができていたのだろう。噂によると、世耕氏はその後、森山国対委員長に詫びを入れた、と言われている。

 また、いったん「廃案」にしたのには別の理由もあるという。自民党内には公務員の定年引き上げに反対している議員も一部いる。彼らが武田良太・国家公務員制度担当大臣を突き上げ、法案には次のような附則が付いていた。

 「職員の能力及び実績を職員の処遇に的確に反映するための人事評価の改善が重要であることに鑑み、この法律の公布後速やかに、人事評価の結果を表示する記号の段階その他の人事評価に関し必要な事項について検討を行い、施行日までに、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」

 つまり、ABCといった評価方法などを決め、能力実績評価に変える、という文言が盛り込まれていた。

 これには人事院が最後まで抵抗したが、武田大臣が押し通したといわれる。人事院や霞が関の官僚たちは、この目障りな附則を、何としても秋に出し直す法案から葬り去ろうとしているのではないか、というのだ。

若い人の就業機会を奪う

 法案は秋に再提出されるのだろうか。

 菅義偉官房長官は閉幕後の記者会見で、

「少子高齢化が進む中、国家公務員の定年引き上げが必要との認識に変わりはない」

「改正案にはさまざまな意見があった。そうしたことも踏まえながら、再提出に向けて検討していきたい」

 と述べた。

 だが、秋に臨時国会が開かれる頃には、新型コロナの蔓延による企業業績への影響が現れ、雇用情勢が一変しているに違いない。

 4月の労働力調査では就業者数、雇用者数ともに、対前年同月比で88カ月ぶりのマイナスになった。第2次安倍内閣発足の翌月から続いていた連続プラスが、ついに途切れたのである。これは一過性のものではない。雇用の悪化は日増しに深刻さを増すだろう。

 こうした状況で、公務員だけが定年延長をすることを、国民が許すのかどうか。人口減少が続いているにもかかわらず、公務員の人数が大きく増えることはあり得ない。そんな中で定年を延ばせば、若い人たちの就業機会を奪うことになる。また、国家公務員の定年延長は、そのまま地方公務員の定年延長にもつながる。

 もちろん、定年は年齢差別なので、廃止すべきだという意見もある。だが、それは年齢に関係なく、能力が足りなければクビになる世界の話だ。いったん就職すれば全員が定年まで安泰という公務員に適用されるべき問題ではない。

 民間企業が業績悪化で雇用調整に動いている状況下で、国家公務員だけは特別と言えるのか。

 少なくとも国民の目を誤魔化して法案の成立を目指すのではなく、法案を再提出すべきかどうかを含め、真正面から議論するべきだろう。
 

磯山友幸
1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。