河野防衛相の説明はホントなの?日本が「イージス・アショア」配備を停止した真相

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 6月15日、河野太郎防衛大臣が突如として発表した「イージス・アショア」配備計画の停止。その理由について大臣は会見で、「迎撃ミサイルを発射後、ブースターを確実に演習場に落とすことができないため」と説明した。しかし、軍事専門家たちの間で、この言葉を信じる者はほとんどいないというのだ。

 イージス・アショアは、まずレーダーで敵ミサイルの飛来を探知、その弾道を分析した上で迎撃ミサイルを発射して、敵ミサイルを撃破する。日本列島は南北に長いので、国土全体をカバーするためには最低2基の配備が必要とされる。その適地として選ばれたのが、陸上自衛隊の2つの演習場、すなわち、秋田県の新屋演習場と山口県のむつみ演習場であった。

「迎撃ミサイルを打ち上げた後、燃料を使い果たしたブースター部分はミサイルから切り離されて落下します。海沿いにある新屋演習場はともかく、内陸部のむつみ演習場では、切り離されたブースターが市街地に落下する可能性がある。それでも防衛省は当初、周辺住民に対し、“ブースターは演習場の外には落ちない”と説明していたのです」(防衛省担当記者)

 河野大臣の説明によれば、防衛省はソフトウェアの改修によってブースターの落下をコントロールし、演習場内に落とすことを考えていた。ところが、実際に試算してみると技術的にかなり難しく、「改修には少なくとも2000億円のコストと12年もの期間が必要になる」という結論に達する。このコストが割に合わない、との判断が決め手となり計画停止に至った、という。

「この説明はおかしい、ブースターは単なる言い訳で、実際には別の理由があるはず。ニュースを見たとき、私はそう直感しました」

 そう語るのは、さる防衛省OBだ。

「ブースターの落下を制御するのに莫大なカネと時間がかかる、というのは事実です。ただ、そんなことは当たり前で、防衛省が今の今までそれに気付かなかったはずがない。そもそも、自衛隊はこれまで何十年間も『ナイキJ』を市街地に配備してきたのですから」

『ナイキJ』とは、アメリカが開発した『ナイキミサイル』を、日本で航空自衛隊用にライセンス生産したものである。敵の爆撃機を撃ち落とすためのミサイルで、日本ではソ連の脅威を念頭に、1970年から1994年まで各地の空自基地で配備・運用していた。

「ナイキJもイージス・アショアの迎撃ミサイルと同様、発射後はブースターを落下させます。ただし、アショアのブースターが200kg程度の重さなのに対し、ナイキJのブースターは2t近くもありました。にもかかわらず、ナイキJは、千葉県の習志野基地や埼玉県の入間基地など、人口の多い住宅地のど真ん中にも堂々と配備されていたのです。有事の際にナイキJを発射すれば、ブースターが狭い基地の敷地内に確実に落ちるなどということはあり得ず、近隣の住宅街に落ちる可能性はかなり高かった」(同)

 それでも、日本の都市を爆撃しに来る敵機を打ち落とすためなら仕方ない。核兵器を搭載しているかもしれない敵機に爆撃されるのと、迎撃ミサイルのブースターが落ちてくるのとでは、後者の被害のほうがまだマシ。それが冷戦期の日本の国防政策だったのである。

「イージス・アショアだって同じことです。一時期、北朝鮮がミサイルを発射すると『Jアラート』を鳴らして、頑丈な建物に避難する訓練をしていたでしょう。核ミサイルに対してすら、その程度の住民保護で乗り切ろうとしているのが今の日本です。カラになった200kgのブースターなら、それこそ頑丈な建物などに避難すれば済む話だと思います。少なくとも『ナイキJ』はそういう覚悟のもとで何十年も運用されていたはずです」(同)

“ブースターの落下”が真の原因でないとしたら、防衛省は一体いかなる理由でイージス・アショアの配備を止めたのだろうか。

「アメリカ側の政策が変化したためではないか」

 と指摘するのは、米軍の動向に詳しい在米ジャーナリストだ。

「実は今年2月、アメリカのミサイル防衛局がある発表を行っています。“太平洋における『米本土防衛レーダー』配備計画の予算計上を見送る”という内容です」

『米本土防衛レーダー』(HDR)とは、アメリカを狙う大陸間弾道ミサイルを迎撃するため、ロシア・中国・北朝鮮といった“仮想敵国”により近い場所に、高性能のレーダーを配備する計画である。具体的には、1基がハワイに、もう1基が「西太平洋のどこか」に配備される予定だったという。

「ところが、この計画が突然キャンセルされてしまった。その後、ハワイのレーダーについては予算が復活したのですが、西太平洋に予定されていたもう1基は白紙に戻されたままです」(同)

 その理由については、

「ロシアなどが開発を進める極超音速滑空兵器(HGV)に象徴されるように、攻撃側の技術が進化して、迎撃ミサイルの技術が追い付かなくなってきたためです。莫大な予算をかけてミサイル防衛網を拡大しても、配備が終わるころには無用の長物になる可能性が出てきてしまった」(同)

 そして、このアメリカによるミサイル防衛政策の見直しが、日本のイージス・アショア計画にも影を落とした可能性があるというのだ。

 在米ジャーナリストが続ける。

「実は、計画が見直されたアメリカの『HDR』と日本のイージス・アショアは、同じレーダー技術を使うことになっていたのです。両者とも、元になっているのは米アラスカ州で現在建設中の『長距離識別レーダー』(LRDR)です。いずれもロッキード・マーティン社が開発を主導していて、3つのレーダーはいわば“ファミリー製品”といえます」

 つまり、イージス・アショアに搭載するレーダーの“姉妹”ともいえる『HDR』の開発計画に“待った”が掛かってしまったというわけだ。

「さらに今年5月、アメリカのミサイル防衛局はアラスカの『LRDR』についても、“新たな脅威に対応するため運用構想を変更する”と発表しています。ロッキード社製3つのレーダーを三姉妹に例えれば、“長女”と“三女”の開発が予定通りに進んでいないのです。そうなると、“次女”にあたるイージス・アショア用レーダーの開発にも影響が出るのは必至でしょう」(同)

 イージス・アショア計画が突然ストップした背景には、アメリカの国防政策の変化とレーダー開発の遅れがあった――。だとすると、なぜ防衛省は“ブースターの落下地点”を理由として発表したのだろうか。日米関係に詳しい研究者の一人は、次のように推測する。

「仮にアメリカ側の事情を計画停止の理由に挙げれば、日米関係に傷がつくのは避けられません。それに防衛省としては、すでに多額の予算を使って進めていた計画を止めるわけですから、理由によっては国民から責任を追及されます。その点、ブースターの件を理由にすれば、“国民の安全・安心”や“コスト削減”という大義名分があるので、誰も表立って反対できない。さらに、“計画自体が間違っていたわけではない”と言い張れるので、責任の所在をうやむやにすることができる。そんな計算が働いたのではないでしょうか」

 とはいえ、イージス・アショアの配備をめぐっては、調査費だけでも多額の税金が使われている上に、アメリカ政府とは約1800億円の購入契約を締結済みである。計画停止によって、今後、日本側に賠償責任が発生する恐れも指摘されている。その時、「誰にも責任はありません」と言われても、国民の多くは納得しないだろう。

週刊新潮WEB取材班

2020年6月24日掲載

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