コロナ禍で景気後退なのに株価はなぜ上昇しているのか

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 新型コロナ禍に襲われた2020年の世界の経済成長率を、国連は前年比マイナス3・2%になると予測する。1930年代の世界恐慌以来の景気後退だ。日本はマイナス4・2%になると見込まれている。ところが、日経平均株価は2万円台を維持(6月16日の終値は2万2582円)。昨年10月下旬とほぼ同水準を守っている。企業の収益が悪化し、夏のボーナスも大幅減が見込まれている中、奇妙ではないか。

「一体、株価はどうなっているんだ」

 そう思っている人は多いのではないか。「株価は企業の将来を映す鏡」とよく言われるが、各企業の見通しが暗いにも関わらず、株価はそう悪くないのだから。

 北海道独自の緊急事態宣言が解除された3月19日、日経平均株価は1万6552円にまで下落した。ところが、6月16日の終値は2万2582円で約7カ月前と同水準。株価だけ見ると、まるで新型コロナ禍などないようだ。

 だが、実態経済はどうかというと、日本を代表する企業・トヨタですら、5月12日に発表した2021年3月期(20年4月~21年3月)の業績予想は、売上高(営業収益)が前期比19・8%減の24兆円。営業利益の見通しは同79・5%減の5000億円で、惨憺たる状況である。

 創業から110年以上の名門企業・レナウンが5月、コロナ禍にとどめを刺される形で経営破綻したのは知られている通り。民事再生手続きの開始が決定している。株価と実態経済が懸け離れていると言わざるを得ないのではないか。

『巨大投資銀行』『アパレル興亡』など経済界を舞台にした小説を数多く書いている英国在住の作家・黒木亮氏も「正直言って、株式相場全体は見ていないのでよく分かりませんが、株価が上がっていることは変だなと思います」と語る。黒木氏は作家に転身する前は大手銀行や證券会社、総合商社で国際協調融資などを担当した金融のプロフェッショナルだ。

 黒木氏は近未来についても楽観的ではない。

「今後、何カ月後かに首尾よくコロナ禍が収束しても、みんなコロナの恐怖が頭に刷り込まれているので、レストランなどには人は戻らないと思います」(黒木氏)

 当面は渡航制限などによって、人の移動もままならないので、運輸業界も厳しい状態が続く。

「航空会社はほとんど全部が倒産か倒産の危機にあると思います」(黒木氏)

 実際、タイ政府が株の51%を握るタイ航空すら5月に経営破綻。日本航空、全日空も国内線、国際線ともに乗客が激減し、減便を余儀なくされている。

 ところが、日本航空の株価もまた一定水準が保たれている。6月16日の終値は2200円。1年前より約1300円下がっているものの、危険水域とは言えない。全日空(ANAホールディングス)の株価も2696円(同)で、1年前より約950円安いが、やはり危機とは程遠い。両社とも金融機関から巨額融資を受けられる見通しとはいえ、業績が悪いことに変わりはないのに、株価へのダメージは大きいとは言いがたい。

 買われている日本株は両社のものだけではない。だから、日経平均株価が2万円台を保てている。一体、誰が買っているのかというと、最大の購入先は日銀だ。

 2010年以降、日銀は金融政策の一環と称し、日本株のETF(上場投信=信託株式と投資信託それぞれの特徴を併せ持った金融商品)を買うようになった。2016年以降は年間6兆円を上限として買った。売りはせず、買いのみなので、日銀保有のETFは膨らむ一方で、2019年9月末時点で残高は27・5兆円にまで達した。

 コロナ禍以降は日銀のETF買いが爆増。株価が急落していた最中の3月16日には年間購入枠が6兆円から12兆円へ倍増することが決まったこともあって、3月に日銀が買い入れたETFは約1兆5484億円にもおよんだ。これは1カ月間の最高額だ。

 一方、その3月に日本株の売りにまわっていたのは主に外国人投資家。「買いの日銀VS売りの外国人投資家」という図式で攻防戦が繰り広げられていた。

「3月の日本株の売買は、外国人投資家が約1兆6000億円売って、日銀が約1兆5484億円買い、個人投資家は約1兆3000億円買うという構図だった」(経済ジャーナリスト)

 3月から現在までは、ひとまず日銀が外国人投資家に勝っている形。だが、保有のETFは2020年3月31日現在で約31兆1738億円にもなっている。とてつもない金額である。今年のETF買い入れは既に約4兆2508億円に達し、昨年1年間の約4兆3772億円にほぼ並んだ。今後、ETFの価格が、買い入れ時より下落すると、日銀は巨額の含み損を抱えてしまう。

 事実、黒田東彦・日銀総裁(75)は、日経平均が1万7000円を割り込んだ3月18日の参議院財政金融委員会で、日銀が保有するETFについて、「現時点での日経平均株価を基に試算すると、含み損は2、3兆円になる」と答弁している。もはや日銀は株価維持のためだけにETFを買っているのではなく、日銀という組織を守るためにも購入している形になっている。

 前出・黒木氏はこう読む。

「日銀のバランスシートも非常に傷んでいるし、今後、円が暴落してもおかしくないと思います」

 日銀は国債も約496兆円保有している。「年間80兆円をめど」としていた長期国債の買い入れ上限も4月に撤廃を決定した。このため、「株価が下落すると、日銀は債務超過になる恐れすらある」と指摘する経済の専門家は複数いる。日銀が債務超過に陥ると、どうなるか?

 日銀は紙幣(日銀券)をいくらでも刷れるから、資金繰りに行き詰まることはないものの、信用が揺らぐ。円が暴落する恐れが強い。また、債務超過になった日銀は、もうETFを買えない。日銀が退場した後の株式市場は、売り一色になってしまう可能性が高い。大暴落が現実味を帯びる。

 一方、前出・黒木氏はやはり株などを買ってきた金融機関の今後も懸念する。

「もともと運用先がなくて、米国CLO(ローン担保証券=ローンの元利金を担保にして発行される債券)に過剰なほど投資をしていた日本の金融機関も、これから企業の倒産ラッシュが起こると、経営が苦しくなると思います」(黒木氏)

 実態経済と懸け離れてしまい、日銀頼みと言えるのが今の株式市場だろう。いずれ誰かがジョーカーを引くババ抜き同じなのではないか。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
ライター、エディター。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年6月19日掲載

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